December 30, 2005

オムライス

乾いたドア、
夜明け前の電車の音、
冷えきった珈琲、

あのとき呟いてた言葉の意味を反芻してみる。

希望だけが湯気の向こうに見えた。

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December 10, 2005

lie

それが、誰かをたばかろうとする何かであれ、自分を楽にする何かであれ、僕らは色んな形で嘘をつく。

嘘も許されないような世界は、窮屈過ぎてとてもではないが僕は住みたくなくて、ちょっと位汚れていても、そんなものを気に留めずに過ごして行けることの方が、余程豊かに生を実感できるんじゃないかな、なんて思ってる。

こう書いてると、なんだか自分がちょっとしたリアリストで嫌な奴に思えてきたけど、嘘を考え嘘に塗れている時の僕はきわめて、ロマンチスト的な幻想に駆られている気がしている。自分としちゃあ、嫌じゃない。

冬の持つ虚構が僕には心地良くて、この街角で掛かるジャズにも、滲むペン先のインクにも、一片の虚構が垣間見れて、それが良いんだ。

・・・僕には、見逃していることが未だ幾つも、あるのかも知れないけど。

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August 19, 2005

レゾン・デートル

スタンドマイク一本挟んで、緊張と弛緩を自在に操る漫才師っていう商売、ほんとに凄いと思う。気の狂いそうな作業や内面の苦悩を微塵も感じさせずに、「笑い」という高等な感情を引出すんだから、まさしく異能の為せる技なのだろう。

ハリガネロック。

関西で一世を風靡した後、東京に乗り込んできた漫才師であり、NHKの「爆笑オンエアバトル」の黎明期を牽引してきた彼らだが、先駆者であるほどに「バカ売れ」はしていない。掛け合いの妙と言い、間の作り方と言い、畳み掛け方と言い、その技量には圧倒的なものがあるのだが、どうやら露出の仕方から考えても、昨今の「お笑いブーム」の波は彼らを通過してしまったように見える。
まあ、軽薄なお笑いファンに、安っぽく「消費」されるだけの芸人で居て欲しくはないのだが。

このハリガネロックの背のちっこい方、ユウキロックのブログがまた面白い。
33歳という年齢の親近感もそうだが、『お笑い』を披瀝することが生業とは思えないほど、苦悩を赤裸々に綴り、しかして潔い。ブログを観てさらに僕は彼らのお笑いに興味を喚起された。

彼らは今年でコンビ結成10年。年末のM-1グランプリに出られる最後の年だという。

人生やってたら、勝たなきゃいけない場面がある。
目の前の様々な問題や課題をひとつづつクリアするのも良いけれど、より大きな問題・上位の課題をクリアすることで、小さな課題など吹っ飛ぶ瞬間がある。恋も、名声も、誇りも、信頼も、静謐な心も、自分自身も、M-1で結果を収めれば、ひょっとしたら全部いっぺんに手に入るかも知れない。

 -raison d'tre

スタンドマイクが、彼らの存在を証明する。
僕も、頑張ってみたくなった。

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August 13, 2005

OLカフェ会議(議論要旨)

ハカイダーは4人集めてガッタイダーになっても弱かった。けれど、OLさんを4人集めたら・・・。

土曜の午後、行き着けの喫茶店の指定席に陣取った瞬間、不穏なオーラが。
軽薄で他人の噂話が大好きな僕としても、こういうシチュエーションを客観的に聴くのはたまらなく楽しい。以下、会議要旨を箇条書きで示していく。

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■仕事の話
・呑み会はウザい。会社の人間と呑むのは面白くないので、いつも時計をチラチラと気にしている。
・仕事仲間とよく行くのはチェーン店型の居酒屋。2時間制(1時間半目でラストオーダー)なので、だらだらと呑まない点が良い。
・職場には正社員の女子があまり居ない。派遣社員の女性は可愛い子が多いので、色々と焦りを感じる。
・同僚のOLはカツラらしい。髪をセットする手間が省けるのだという。

■教育の話
・職場に最近、若手(特に男の子)が入って来ない。若いっつっても30代だそうだ。
・先般、隣の部署に22歳・ウォンビン似の男の子が入ったという噂を聞き、部署のOL総動員で見学に(ウォンビン似はタマッたもんじゃないな・・・)。
・化粧する喜びを思い出している日々。いかにして接近し、教育しようか現在、算段中(逃げろ、ウォンビン、逃げろ!)。

■最近ハマッているドラマの話
・月9にハマっている。妻夫木くんがカッコいいそうだ。信じられないという反応も。
・電車男が面白い。けれど、リアルであんなに奇妙なヒトにはハマるはずがない。
・女系家族、高島礼子の演技が怖い。(あんたらも怖い
+++

ぜんぜん帰る気配もなく、いまは近所の馴付かない犬の話を始めている。
まあ、OLさんの話を耳ダンボになって書き留める僕も僕だ。

が、こういう話が日常、いろんな場所でいろんな時間に行われているんだろうな、、と思う。そして、女性社員が大勢を占める弊社でもきっと・・・と思うと、瞬間、ゾッと背筋が寒くなった気がした。

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May 08, 2005

Reconquest

「何を当たり前のことを」と言われるのかも知れないが、自分の人生は自身が決め、自身で生きることでしか決着が付かない。「誰かのために生きる」という美名に刷り込まれた寸分の欺瞞に、早く気が付かなきゃ。

恥を忍んで告白すれば、僕には、共依存のケがある。いや、間違いなく共依存症である。共依存については、次の話がわかりやすい:
共依存の人は、自分自身を大切にしたり自分自身の問題に向き合うよりも、身近な他人(配偶者、親族、恋人、友人)の問題ばかりに気を向けてその問題の後始末に夢中になります。(上記サイトより引用)

いったいどうして、こういう事になったのか自分でもよく解らないのだが、例えば僕は自分の時間をひとりで過ごすのが苦手である。何がしか一つ事に没頭するということができず、ついつい所在無さのほうが先行してしまう。あと、僕には強固な判断軸が無く、常にふわふわと現場対応的である。良い見方をすれば、権威主義みたいなものとは無縁の人間であると言えるのかも知れないが、一方でそれはポリシーの無さにも通底する。

共依存の人間ってひょっとしたら、何か目の前に起こっていることに対して、自分が介在することで進行するドラマのようなものを期待したり、感じたりするんじゃないかしら。アディクトしている自分に、馬鹿馬鹿しくもヒロイックに酔ってしまう、自分が出演するドラマ。

人生は、テレビドラマなんかじゃない。
何処にもシナリオなんて無いし、明日のことも解らない。今日この後ボクが確実に存在しているかどうかだって解ったもんじゃない。だからこそ、自分の人生を生きて、生き抜かなきゃいけないわけで、外界の何かを待つことにエネルギーを費やすような人生なんて送っちゃいけないんだ。そんな僥倖、来やしねえから。

『待つ』という行為にはドラマがある。
「ジョニーへの伝言(Pedro & Capricious)」「ばらの花(くるり)」「待ちすぎた僕は疲れてしまった(遠藤賢司)」、、、待つことをテーマにした曲ばかりを、僕は好きになる。けど、待つことで何かを得ることなんて、現実には中々無い。いや、それでも、待つことで疲弊しなければそれでも良い。けれど僕のいまの気持ちはそう、まさに、「待ちすぎた僕は、疲れてしまった」わけです。

『自己実現』なんて眉唾なコトバに力は無い。けれど、『Reconquest(レコンキスタ)』ならば解る。とりあえず今は、サンボマスターでも聞きながら、もう少しだけ、昔懐かしい町を、散歩してみます。

無くした自分を取り返しに。


++++
追記
++++
今回のブログでとり上げた「共依存」については、以下のサイトで簡単な自己チェックができるみたいです。ご参考までに。

共依存スクリーニングテスト

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April 25, 2005

自分のルーツを辿る

・・・年のせいなのか、どうなのか。

最近はどうにも、「ハマれる」ものが無くて困る。このままではザラザラとした不毛な三十代を続けそうだと、三十路突入三ヶ月目にして思う。ということで、昔はまったものから、自分のルーツを探ってみる。
今回のブログは、完全に俺の、俺による、俺のための備忘録じゃい!!
***

■小学生前半期(7-9歳:1982-1984):
・多くの子供がそうであるように、図書館にある怪人二十面相シリーズに嵌る。モーリス・ルブラン、コナン・ドイルを読み耽ったのもこの頃。目を悪くした。
・日本テレビ「笑点」は、この頃から見ていた。たぶん、深い意味は解らずであったろう。
・百人一首を百首覚え、天皇家の系図を初代から今上まで書いた。意味もなく暗記する癖があった。最初に覚えた歌は「もろともに(前大僧正行尊)」である。
・スポーツ方面の才能は無いものと、とっくに諦めていた。

■小学生後半期(10-12歳:1985-1987):
・京都から宮崎に転校。カバンが黄色いということで、全校中から注目を浴びる。卒業まで黄色いカバンを通した。
・子供向けの古典落語の教本を買ってきて、こども落語を始めた。近所の子供や婆さん連中に聞かせていた。
・「人間たるもの、他に影響をしなければならない」と思い立ち、転校早々、児童会に立候補。その後、卒業まで児童会役員。
・ちあきなおみ「喝采」、藤山一郎「東京ラプソディ」を口ずさみ、家ではクレイジー・キャッツの映画を見ていた。植木等的なスーダラ人生に、幼心にも憧れた。
・健康管理のため、毎朝5時に起きてマラソンを開始。持久走だけは得意になった。

■中学生時代(13-15歳:1988-1990):
・狙っていた中学に籤引き試験で落ち、不承不承地元の公立中へ。
・ルサンチマンを晴らすべく、1年生から生徒会役員に。自分が入試で落ちた中学校への対抗意識から、様々な行事や施策を展開。
・荒俣宏の「帝都物語」に触発され、オカルト研究会の「帝都会」を結成。風水だの、ヨリワラだの、タロット占いだの、色々と怪しかった。
・司馬遼太郎「燃えよ剣」に感動。新選組ファンクラブに入る。
・勉強は全然しなかったが、夜更かし癖が始まる。
・地元ラジオ局の番組「うまか情報局」にネタ投稿していた(当時大ファンだった地方局アナは、今ではキー局のテレビのレポーターで稀に見かける)
・中学校の放送委員会を生徒会権力で脅して、食事時に山崎ハコ「呪い」を掛けさせた。教師に殴られた。
・帝都物語のサントラを掃除時間のテーマ曲に。ヨハン・シュトラウスの「こうもり」など比較的まともな選曲だったように思う。
・小理屈をこねたり奇行が目立つ生徒だったため、中学の教員にはひどく嫌われる。ただし、対外的なイベントなどの実績が多少有った為、あまり表立って処罰は受けなかった。
・世は空前のバンドブームに差し掛かっていたが、民放2局しか無い田舎にはロック文化自体がほとんど入ってこなかった。イカ天見たかった・・・。
・なぜか、カイリー・ミノーグとか、デビー・ギブソンなんかも聞いていた。
・クラスの男子が昼休みにサッカーするのを尻目に、男一人で女子に混じってフルーツバスケットに参加していた。

■高校時代(16-18歳:1991-1993):
・深夜ラジオにはまる。大槻ケンヂのオールナイト・ニッポンを通じて、筋肉少女帯のファンクラブに。田舎の高校生のありようとしては結構マニアックだった。
・大槻ケンヂに触発され、趣味もずいぶん開花した。Emerson Lake & Palmer、The Doorsなんかを聴いていた。
・何を勘違いしたか、フォークに傾倒したのもこの時代。岡林信康、井上陽水、河島英五にはまる。
・まだ見ぬインドに憧れて、インド紀行本を色々と読む。オーケンの本とか、藤原新也とかね。
・この頃の関心は、「メジャーとマイナー」という事だった。いかにして、マイナーなるものがメジャーを凌駕できるかに興味があった。
・映画では、「ブルース・ブラザーズ」にはまった。正確に数十回は見た。
・湾岸戦争の様子を視聴覚室テレビで見ていたら、教師にこっぴどく叱られた。授業中だったのだ。「世界では戦争が起こっているのに、数学なんかやっとれるか!」と反論して、さらに叱られた。
・文化祭には命を燃やした。体育祭や水泳大会ではロクに見せ場がないからである。

・まったく勉強しなかったので、その後、大学受験に見事失敗。二浪する。

***
・・・ふう。。つまんねえ人生だな、オイ。これから何しようか思案してみます。。

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April 22, 2005

紙芝居

中間テストの朝はいつも、不毛な光景が繰り返される。

「今日の日本史マジやばい。あたし、ぜんぜん勉強しなかったし。もうダメだぁ・・・」

はいはい、解ったから。まずはその目の下のおっきなクマを誤魔化してから喋ってくださいな。
へたくそな演技力ながら皆が皆、「如何に自分が勉強しなかったか」自慢を繰り返し、わざわざコミック本を広げる者まで出てくる始末。そのくせ、「もうダメだぁ」な子に限って、しゃあしゃあと成績上位者欄に踊っているものだ。
思えば僕の高校時代のテスト風景はこうだった。きっと、日本全国でこうしたことは日常茶飯に繰り返されていることだろう。なんだか笑えてしまう。テスト勉強なんて年中行事なんだからさ、何を大真面目にみんなで演技しちゃってるんだよ。。。

***

昨晩、気紛れに前職の同期会に行った。春にこういう会を催すのは良いもんだ。

連中は社会人7年目、概ね三十歳前後である。
大学を卒業する頃には皆、もうすでに個としてのアイデンティティが確立されていたわけで、それは7年経とうとさほど変わるものではない。しかしそれなりに皆、意識をするしないに関わらず、社会の中で己の生きようが何がしかに絡め取られそうになることに対して、自覚しているようだった。

ある者は衒いなく自分の将来のビジョンを熱弁し、ある者は人生一度切りなんだからと何処かのポップ歌手が裸足で逃げ出しそうなことを語り、またある者は自嘲の中にもある種の自尊心を隠せずにいる。小さなセクトを作って、「あたしたちってこんなに変わらないよね」というポーズを決め込むものも居る。

居酒屋のトイレに向かいながら、こう考えた。

『中間試験の朝のクラスって、こんな感じだったよな』、と。
めいめいが自分の役割を理解しながら、せいぜい果たせる演技をしているのだ。そこには求心力も遠心力もなく、ただ真空が有るだけ。或いは自分たちがその場に居ることが茶番であるとしても、僕らは自分がプロセスとして生きていること・生きたことをこうして数年に一度確認し合い、自身が確認したいということに過ぎない。
畢竟、そこで繰り返される言説の確かさと、「あたし、ぜんぜん勉強しなかったし」という不確かさには、ほとんど違いなんて無いんじゃないのかな。

***

さあさあ、良い子のみんな、寄っといで!楽しい紙芝居の始まりだよ♪

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April 04, 2005

獲得コスト、維持コスト

「独り者なんだから、大丈夫だよね?」

よく言われる。ああ、確かに独身歴30年のプロで御座いますよ。独身だから、気軽に残業も頼めれば、朝までだって飲みにも付き合える、時間の使い方に関しては確かに余裕があるっちゃあ、有るように見えますだよ。
・・・見かけ上はね。

往々にして、既に妻あり子のある者は、独り身の若手に上記の言葉を投げかけがちだし、ある側面の真理を表している。じっさい僕自身も、飲みに参加するのは大好きだし、仕事もそこそこのモチベーションでやれる。
だけど、である。「独り者なんだから」ってえのは、説得の弁として如何なものだろうか。独身者を代表して言わして貰えば、僕らはみな、「負け犬」であり「もたざる国」であり「開発途上国」である。「獲得」のためには、「時間」こそが最も有効なリソース足りうるのである。

妻帯者は往々に、「家族サービス」を方便にしてある局面を回避することが可能である。しかし、だ。
家庭の維持管理コストと、家庭(候補)への獲得コスト、本来的にはどちらも同等に尊重すべきではないのだろうか。更に言えば、前者はLTV(ライフタイム・バリュー:生涯価値)的な視点が重要になるが、後者は比較的一過性のものが多く、イニシャル(獲得初期には特に)としてのコストは明らかに膨らむことになる。
配偶者だったら映画だけで満足だろうが、配偶者候補には映画にスイーツも付いてくる訳である。スイーツを与える時間まで奪われちゃあ、こりゃ、いつまでも獲得競争には加われやしない。

独り者諸君、今こそ、立ち上がろうではないか!

・・・なんつって。

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March 31, 2005

分け入っても分け入っても、、

社員研修という名の旅行に行ってきました。
場所は我が国の誇る、世界自然遺産の地・屋久島。

IT依存率120%の小生としては、ネット使えない電話のアンテナ危うい地というだけで、不安な気分になってしまうから情けない(小生は自慢じゃないが、圏外であることが解りきっている海外でも、国内専用の携帯を肌身離さず持ち歩く頼りっぷりなのである・・・)。。

さて、こんな風に書くと僕のことをさぞや都会っ子ではないかとご推測なさる方も(居ないだろうけど)有るかと思われますが、小生はもやしっ子で有っても断じて、都会っ子ではありません!
僕の田舎(九州)は、1時間に2本ぽっちの汽車(※うちの田舎では「電車」という呼称はない!)しか通らず、何よりも、未だに民放テレビはクロスネット放送をしているくらいである(民放は2局しかなく、「フジ+日テレ」「TBS+テレ朝+テレ東」の相乗り状態)。

そんな田舎出身のくせして、自然に全く以って興味が沸かないから困ったもんで・・・。社員の自由行動日、体力もなくさして自然に感興の沸かぬ自分は、行き掛かり上ホテル館内で日を過ごすことは至極当り前の選択であった。

・・・ふっと、小さい頃の遠足を思い出す。
自然の光景にも草花にも動物にも、そう言えばほとんど心揺さぶられなかった。乏しい感性なのは三つ子の魂である。けれど、自然の光景の中での人為を見ると、逆になぜだかすごく癒された気がしていた。
何時間も掛けて登った山頂、錆び付いた自販機で売られるメロー・イエロー。誰も来ないような海べりの岸壁にこっそり書かれた卑猥な落書き。もう、こうした人為の手垢の一片を観るだけで、何故だか心落ち着かされる。僕には、自然の荘厳さに対峙するだけの根性が据わって無いだけなのかも知れないが。。

・・・ともあれ、屋久島。
ここにも、僕を落ち着かせる「人為」は確実に存在した。その名も、

           スナック・「ピュア」

今日び、カナ文字で「ピュア」ですよ、いやあ、もう吃驚あるのみ。。
今にも灯の消えそうな電飾は見るからに侘しく、ボロッちいドアを開くと町外れのサウナのような臭いがした。階段を下ると、そこはもう、場末を絵で書いたような鄙び模様。しかして、せまっ苦しい店内は屋久島のオトコ達で充満していた。人外の地にも、文化生活は有ったのだ!

この場所を教えてくれた滞在先ホテルのおじさんが、苦虫の表情でこう言ったのを思い出した。
「若い人が楽しめるような場所はこの島は無いですから。期待しないで下さい。」と。
それでも、僕には十分だった。自然の崇高さのもとで、小さな人間が息衝き、足掻く姿のほうが余程面白いじゃないか。海の男たちが、ケツの毛まで毟り取られる場末のスナックと、そこで働く決して洗練されているとは言い難い女たち。腰が立たなくなるまで焼酎を相あおり続けている。きっとこの先何十年も同じ光景は繰り返されることだろう。その光景の強度たるや、それこそ「オレ遺産」に認定したいくらいだ。。
***

翌朝、帰途を急ぐバスの車中から「アジアの純真」の薄汚れた看板を見遣ったとき、今一度、この島を訪れてみたい気分に駆られて止まなかった。

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October 31, 2004

安定に吐き気、刹那に寒気

小学生の頃、「将来なりたい職業」の欄には、何て書いてたっけ?

人間なんて皆、同じ器官を持ち、同じ形状をして、同じセイカツをするようにプログラムされている訳ですよ。これは疑うべくもない大前提。その中で、多少は人生選択上の自由が認められているだけで、生きるための基本的な振る舞いは何も変わらんとです。

「僕はひとと違う発想を持っている」とか「俺の文学的感性は鋭いのに、あいつはヌルイ」とか、「あたしは平凡が怖い、凡人にはなりたくない」なんて・・・いやいやいや、隣で吊り革に掴まってるヒトもそう思っているんだからさ。たぶん。「高踏派」なんて、他者との同質感を認めたくない幼稚なオトナの逃げ口上なのだから。

僕はあの頃、「安定なんて、平凡なんて嫌だ。サラリーマンには成りたくない」って、漠然と思ってたような気がする。結果、サラリーマンやってるのにね。
『経営コンサルタントはサラリーマンでは無い』とは、職業上有するべきプライドとして理解はできても、実態は給料貰って食うとるわけで。その現実は肯定せねばならんよ。よしんば、会社を経営しておったとしても、貨幣を食料と交換して生きながらえる人間の基本的な営為に、どれほどの差があるというのだろう?

それでも尚、「安定」なる言葉には吐き気を催す何かがある。僕が若いから?独り身だから?護るものが無い無責任さから?
とりわけ、他者が現実をしぶしぶ諒承し折り合いをつけた現実的な言説をするとき、もう、僕の嘔吐感は絶頂に至る。『その話、頼むから止めて。もう吐きそうになるから』とは言わないまでも。嘔吐とまではいかなくとも、何かしらそこには「卑小さ」のようなものを見てしまうからかも知れない。
翻って、自分は、何処まで自由で、何処まで特別な存在だと言うのだ?

一方で、ひとの生き様に言動に「刹那」を見るとき、もう、僕の背筋は凍えてしまいそうになる。そこまで疾走を続ける理由も、己を危うくしたいと思う動機も解せない。安定からの逃げ道として刹那を求める心性だったら、ちょびっとくらいは分かるかも知れないけどさ。「自分を守りたい」という人間の本能が欠如したような相手からは、恐怖しか感じられない。

どちらとも少しばかり距離を置きたい僕に、いまできることは、そこの街角のカフェで一服して、しばしの休息を取ることかも知れない。

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※ユウキロック様のブログにTBお送りしております。
ユウキロックの毒針日記: 引退

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