March 21, 2005

繁忙、或いは甘えん坊

次のうち、いくつがあなたに当てはまるだろうか?
□ 忙しさにうっかりして、電車を乗り間違える・乗り過ごす。
□ 友人・知人の髪の伸び縮み・メイク服装の変化に気が付かない。
□ 季節が変わったのがわからない。
□ ここ1ヶ月のヒットチャートの動向がわからない。
□ 寝ずの仕事が何日も続き、歩きながら寝たことがある・もしくは何処ででも眠れる。
□ マッサージ屋さんで、「身体が鉄板みたいですね」と驚かれたことがある
□ 長期間、休みを取らずに連続で働いたことがある。
□ かわいそうなニュースを見ても、なんとも思わない。
□ 自分の運営するホームページすら、1週間以上も見る余裕がない。
□ だれかれ構わず、口の利き方が横柄になってきたと思う。

いずれも忙しさ(とその影響)を示す尺度になるかな、と僕なりの感度チェックリストを作ってみた。
① は日常的な注意力の問題
② は他者に対する興味関心感度の問題
③ は長期的変化・気候変化を読み取る力の問題
④ は短期的変化・流行感度を読み取る力の問題
⑤ は身体疲労度の指標(原因が明快系)
⑥ は身体疲労度の指標(長期的蓄積系)
⑦ は⑤・⑥あたりを支える習慣的な要因の問題
⑧ はココロの磨耗度の問題
⑨ は継続力・愛着心の問題
⑩ は余裕度の問題(或いは社会性維持力の問題)

10個当てはまる方、あなたは忙しさ度100%!休んでください、迷わず!
・・・別にある権威が作ったわけでもなく、僕が新幹線の出張往復のときに適当にでっちあげただけなので、あまり信用しないでね。でも、忙しいときの僕の状況としては全部当てはまるときがあるんで、まあいっかと。
いやね、コンサル商売ではときに、忙しさが美徳になる瞬間があるんですよ。身体壊してやっと一人前、みたいな。他人がちゃんと睡眠を取っている様子が羨ましくなったりね。同じ忙しいでも、自分を納得させる理由が欲しいなあとは思う今日この頃。
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参考:ある種のコンサルタントに自我が芽生えるまで仮説(適当)
Phase 1:「忙しいこと自慢期」
(ソルジャー期:他に誇れることもなく、大体は身につけたばかりの知識をひけらかすか、忙しいことを自慢するしかネタがない)
Phase 2:「サボり覚える期」
(部下ができて調子に乗る時期。めんどくさい作業は部下に押し付けちゃって自分は僅かな自由を享受する。ただラクしたいだけ、という説も)
Phase 3:「自我の萌芽期」
(やりたい事が芽生えてくる時期。「やりたいこと=仕事」の場合にはコンサルタントとしてはハッピーだし、そうでない場合には別の畑を探しそうになる。傍目からはただの我侭にも見える時期)
Phase 4:「周りと企て期」
(Phase3の状況を共有できる仲間を発見し、或いはそういうコミュニティに所属して、何かを構築する意思が芽生えるとき。Phase3で十分なインプットがあることが重要かも・・・なんつって)

さて、小生の周りのコンサル商売のあなた、間違っているかも知れませんが、どうでしょうか?
僕は・・・永遠の甘え期ですかね(爆)。

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December 05, 2004

資格と仕事のジレンマ

日曜日の新聞に踊る、求人記事。

「MBA資格取得者優遇」とか「有資格者歓迎」の文字。こういう文字に色々と思いを惹起させられるのもまた、コンサルタントやっているせいだからなのか?なんて我ながら面白く感じてしまう。

さて、ビジネスマンにとって、資格の持つ意味は大きい。弁護士、MBA、CPA、なんとかアナリスト、、枚挙にいとまが無い。実際、こうした資格は就転職上、きわめて有利に働く(いわゆる「市場価値」が付く)わけだが、僕自身、実はこれに対してはちょっとした疑義を持っている。
以下、資格ホルダーの方を不愉快にしそうなことを書きますので、お読みになりたくないひとは、ここから先は読まないほうがいいですよ・・・なんちって。
*****

知人に、社内でも出色のキャリアウーマンが居る。常に新たなプロジェクトや先進的な案件は彼女の許に回され、また彼女もその期待に応えようとして頑張るタイプの人間である。そうしたことの積み重ねが、さらに新たな仕事を回されることにつながり、身体を壊すことも、深夜休日の仕事づくめも厭わない。当然社内での評判も、人事考課も極めて高い。けど、ふっと振り返ると、履歴書に書けるような、形式的・表面的な意味での資格キャリアが何も身について居ないことに気付く。
一方で、同じ会社に、うつ病を患った女の子が居るという。この子は、うつ病を理由に会社から療養休暇を獲得したわけだが、なんと、その療養休暇の間に、社労士の資格を取ってしまったという。うつ病って、何にもやる気の起こらない病気のことだ、とうつ病素人ながら耳にしたこと位はある。ま、途中で病気が治ったから資格が取れたわけで、そこはめでたしめでたし・・・なわけだが、何か何処かが、割り切れない気分がする。

こういう言い方は偏見だらけに聞こえるのかも知れないが、本当に忙しいときって、何も形になるものを残せないんじゃないか、と思う瞬間もある。逆に言えば、忙しくないからこそ、形あるものを残せるんじゃないか、と。
あまりパッとしないビジネスマンが、ある種のリベンジも含めて、有力な資格を手に入れる。ま、パッとしない現状を打破しようという意気や良し、ではあるにしても。だから、日曜日の新聞なんかに、「資格取得者求ム」系の記事を読むと、『現業で暇(或いは仕事上の出番が少なかった)を活用して取れた資格』を握った輩が、わんさかと押し寄せている様子が想像できてならない。

さきの彼女曰く、「社内研修なんかに行っているのはオヤジか、社内で暇なひとばっかり」だと。
けど皮肉なことに、社内で如何に有力な評価をされようとも、市場価値的に見れば、先程のうつ病資格ゲッターのほうに軍配が上がってしまうのが世間である。げに、世の中って不思議。

もちろん、資格ゲッターの中にも、自分をきちんと制御・コントロールして、与えられた領分の仕事をしっかりこなした上で、時間を工夫して作って資格を取っている人も居ます。そういうひとは、真に尊敬に値する。
けど、実際には、僕の友人にも居るんですよねえ・・・。会社生活で十分な成果が出せなくて、「法科大学院」あたりに挑戦しちゃって、実際に受かっちゃうひと。「なぜ、会社生活で成果を出せなかったか」を考えることに課題の本質があるとは思うのだが・・・。

ことほど左様に、「仕事の繁忙度」と「資格の取れにくさ」は、ある面で比例する関係があるのが矛盾では・・・と思ったりするわけですが、皆さんのお考えは如何でしょうか?要領の良さもビジネススキルのうち?ってか?(w

・・・え、僕?あ、もちろん、資格を目指して頑張りますよ!!(嘘)

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September 18, 2004

優しさと甘やかしの境界線

ロッタ様blogの、『見本を見せるのではなく自力で歩かせる』にTBをお送りしております。

見本を見せるのではなく自力で歩かせる

僕の生まれ育った街は、なんというか、古き良き「ご近所付き合い」の盛んなところでして。
世話焼きのおっちゃんや、ちょっとお菓子を分けてくれるじいちゃん、何かと言えば声をかけてくるおばちゃんも沢山居ました。いまの東京の暮らしでは考えられないけど、ご近所さんに「ちょとお醤油切らしちゃったから、貸して」なんてな光景も、珍しくなかったんです。ひとことでいえば、「外界への関心が高くて、悪く言えば、他人の領域にずけずけ入ってくることに遠慮のない」街でした。
それから20年近くが経ち、東京に住むようになり、僕は何年も住んでるマンションの隣の住人の顔も見たことがない。無関心でいることが当たり前だし、何か他に対して関心があることのほうが珍しいことのように感じられる瞬間すらあります。僕は大学で「政治的無関心(ポリティカル・アパシー)」を研究テーマに扱ったのも、こういった社会的に無関心を許容することの原因を探ってみたかった、という想いがありました。ま、政治的無関心の問題解決はちょっと遠大な理想のような気もするので、今日は身近な話をば。

生まれ育ったその街では、平気で近所の子供を叱る他人に溢れていました。
何か間違いをしでかしたときなんかは、親が目の前に居る・居ないなんて関係なく、きっちりと「ケジメ」をつけられてました。ちょっとしたマナーも言葉遣いもそうだし、先輩後輩関係やら長幼の序や動物への愛護なんかについて、僕らをつかまえてはあれこれ説教してくれたもんでした。あの頃は無かった日本語ですが、アカの他人からのそうした指摘を「うざい」と思うことも、正直少なくありませんでした。

それがオトナになり、いま思うのは、叱ってくれる誰かこそ本当に少なくなってしまったという事実です。受容する側の感度が鈍ったのかも知れない。変わってしまったのは自分のほうかも、知れないけど。
例えば、先輩・後輩の関係なんてそれほどご大層なものではないと思うけど、「誰かのためを思って厳しく伸ばす」ことよりも「仲良しぶってトモダチ然と振舞う」ことのほうが自分にとって利があるから、そう行動してしまう。すごく利己的な態度だと思う。でも実際のところ、下手なお説教やくどくどした筋論の話なんかよりも、そういうことは指摘しないで仲良く関係を続けるほうが、受容されることが多い。まあ、誰だって聞きたく無いもんね、くどくど話なんて。

本質はただの甘やかしに過ぎないのに、それが「優しい」というポジティブ・ワードでくるめられてしまう。「ときにはキビシクいく」なんてことをやった日にゃ、嫌われちゃうリスクのほうが大きいもんね。ま、誰だって嫌われたくないわけだし。そうして、優しさの罠は、誰かをスポイルさせる。どちらが本当の優しさなんだろう。

正直、こうした態度を取っちゃうひとのことが解らなくもない。何かしらの要因や過去の経験があって変質してしまうことだってあるし、外界に積極的に影響することに対して臆病になってしまっていることだってある。気が弱いひとだって居れば、思慮深く行動に移すひとも居る。一概には「すべからく積極的に他人に関与すべき」なんて言えない。
けれども僕は思う。社会生活を送るんだから、他人と関係し合い、影響を受け合ってナンボだろ?って。僕みたいな無神経ヤロウばかりでは構成されてないし、他人はそれぞれ違う価値観があるんだから、それを尊重すべき、という価値相対主義みたいな物言いもあるだろう。それでもなお僕は、他人への関与が持つメリットは、関与しないことを上回るはず、と思っている(この点にご意見ある方、どうぞよろしう)。

とはいえもちろん、相手のステータスや人柄や、行動の動機やら受容の際に想定される態度やらを、十分に斟酌・忖度して「キビシク」接するかどうかを考えなきゃいけない。誰に対しても、頭ごなしに同様に接していては、とても特定個人には届かないからね。それにしても今一歩、これは自戒も込めてだが、外界に対して踏み込む勇気が欲しいな、とは思います。

・・・自分、古い性分の人間っすかね?

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September 05, 2004

立ち技コンサル、寝技コンサル

日本オリンピック史上100個目の金メダル、自身3個目の金メダル。いやあーー柔道の野村選手は、本当に凄いんだなあ・・・と、いまさら笑われそうな感想の今日この頃です。
後にも先にも高校の授業以来、柔道着なんて着たこともないわけですが、受け身ひとつ取れない(体育教師からは、「豆腐の崩れたような様」と罵られていました(汗))自分としては、ひとをああやってブン投げたり、押さえつけたり、ときに落としたり、いやあーもう異次元人の出来事のようにも思えます。

さて、柔道によらず格闘技の世界では、「立ち技は才能、寝技は努力」という風に捉えられているそうですね。

ふっと思い当たるのは、コンサルタント仕事の中でも、実はそういう観点に近いものがありまして。
いわゆるプランナーと呼ばれる方々に近いコンサルなんかがそうかも知れませんが、とにかく、一発勝負どころで強いコンサルタントってのが居るように思います。いざ重要なプレゼンや提案事に至ったとき、とにかく瞬発的に相手を魅了する話術と表現力の限りを尽くして、仕事を取ったり収束させちゃうようなタイプの方。その、華麗かつ一撃でキメる様は立ち技にも喩えられるかも知れません。
一方で、いわゆるプロセス・コンサルタント(クライアントスタッフと一緒にチームを構成し、改善策を検討するコンサルタント)に多いように思いますが、相手との関係形成の中でじわじわと納得感や方向性を見出し、成功に近づけていくタイプも居ます。こういうとき、必ずしも一発勝負では事が決まりませんが、議論検討の慎重なステップ設計や、説得のための外堀からの埋め方(ある意味でのポリティクス)などが要求されます。なんとなくですが、寝技に喩えられるような気もします。

しかし、実のところは、二値的な問題では無いんでしょうね。冒頭の野村選手を思い返せば、彼は立ち技の華麗さもさることながら、寝技もまた物凄い。いわゆる、「立って良し、寝て良し」なオールラウンダーなんですよね。天才にして、なおかつ努力を要して寝技も獲得したということなのでしょうか。。
天才などという呼称とは全く以って縁の無い自分ですが、それでも、「立って良し、寝て良し」にはひとつの憧れの姿があるように思います。少なくとも、いつまでも、崩れた豆腐のままでは居られませんから。(爆)

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May 15, 2004

美容師に学ぶ人材育成

行きつけの美容院で髪を切ってきた。

美容師の世界は完全分業である。髪を切る人、染める人、洗う人、乾かす人、マッサージする人、床を掃除する人、、、そういえば、ちょっと前まで「髪を洗ってくれていた人」が、今日は「マッサージする人」になっていた。これはどうやら、このヒエラルキーの中で出世したということであろう。

カリスマ美容師ブームやなんかで一時期脚光を浴びた業界とは言え、いまだに根強く徒弟制度は残っている。
お客の髪を切れるようになる(いっぱしの美容師デビュー)まで、このお店では最短で3年はかかるという。一日中立ちっ放しで足腰を悪くしたり、お湯で手がカサカサに荒れたり、薬剤を利用するので手がかぶれたり、、そして、髪をサクサクと切る様に憧れて入った業界なのに、お客の髪をいじることは許されない。そういう様々なフラストレーションも有って、辞める子は決して少なくないという。そりゃ、技術が今日明日で身に付くなんて、そんなに虫のいい話もないんだろうけど・・・。

それでも、「おカネを貰って修行をさせて貰っている立場」と本人たちは捉えている。また、お店の人曰く、工芸や飲食など他の職人修行に比べて、3年という期間は決して長くないそうだ。・・・見上げたものです。

僕の通うお店は何店舗も支店を構える人気店なので、美容師デビュー後も決して楽ではない。
お客から指名を貰うことは何よりも大事だが、常に新しい技術を勉強し続けること、国内外のヘアスタイルのトレンドだけでなく、服飾全般に対するアンテナを高くしておくこと、その時期時期の流行の色を知ること、新しい美容製品や薬剤なんかの知識を持つこと、なんかもあるらしい。また美容師キャリアが長くなると、「いち美容師さん」としての立場から、「店舗のマネジメント」面まで担わされるようになるという。毎月の顧客の増減と売上高、従業員の育成、店舗のデザイン、海外とのアライアンス、他店の売上動向のチェック、業界でのプレゼンス策や広報宣伝、、こんなことも、「いち美容師」が考えなければならなくなるという。

僕は昼間はコンサルティング会社勤めをしているが、実に構造的には酷似している。最初はクライアント(お客様)の前には立たせてもらえず・喋らせてはもらえず、議事録を書いたり図表を作ったりの日々。やがてきちんと基礎的な読み書き能力を身につければ、その後、クライアントの現場担当者レベルとの話し合いに参加できる。しかし、ここではあくまでも「お話ができる」レベルであって、なんら意思決定をできるわけではない。こちらが次第にレベルを上げる(それだけの意思決定に関わる能力が身に付く)につれ、クライアントも意思決定可能な人物との交渉・話し合いが可能になる。。。

どこか徒弟制度的な側面があったりするところや、育成のために自分を鍛え続け、アンテナを高く持ち続ける点。そして、自分のことばかりを考える立場から、次第に全体のこと部下のことも考えなければならない立場に・・・。

2時間半、変わる変わる僕の髪の毛を取り巻く人に囲まれながら、何やら頑張りたくなるような気持ちになりました。

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April 18, 2004

“リュックは何処に消えた?”-トートバッグ覇権主義の謎-

旅先での徘徊でリュックサックに勝る持ち運び容器は無い、と個人的に思う。
リュックだと両手が自由になるから、旅先のあらゆる珍しい文物に容易に手を伸ばせるし、重いものを入れても手で持つよりもはるかに負荷に耐えられる。しかし、実のところ僕はトートバッグばかりで、リュックをひとつも持ってない。

ちょっと可愛い目で値ごろのリュックはないものか、と気まぐれにデパートに行ってみたが、これがまた、無いんだな・・・。そこそこメジャーなブランドが、豊富なバラエティで揃えてあるのはトートバッグばかり。そういえば、男性向けトートバッグは何故にこれほど市民権を得るようになったんだろう??

ちょっと前のトートバッグはキャンパス・バッグ的なカラーが強く、女子大生あたりが教科書やノートを突っ込むのに使う、専らフェミニンなアイテムだったと思う。
男性におけるトートバッグ人気爆発の立役者となったのは、エルメスのフールトゥの影響が大きいのではないだろうか。丈夫で、色のラインも多くて、女性でも男性でも使える。そして何より、「HERMES」という高級感。

hermes.JPG


そして今日、トートバッグはこれほどまでに市民権を得たのだと思う。トートバッグがこれほど流行ったのは、キラー商品としてのフールトゥの力も大きいけど、環境的にもラッキーだった(トートバッグが求められる環境が醸成されていた)のだと思う。思いつく要因をざっと挙げてみても、

 1.モバイルパソコン人口の拡大
 2.紙利用の変化(紙媒体の主流がB4・B3からA4・A3へと移行)
 3.女性との共用可能性の高さ
 4.多くの企業でのカジュアル・デーの導入

リュックだと持ち運びにくいモバイルパソコンも、トートなら楽々入ってしまう。A4サイズの用紙を折り曲げてないと入らないリュックも、トートなら折り曲げないでそのまま入る。そもそも女性に利用人口の多かったはずのトートなので、男性との共用も容易。また、多くの企業でカジュアル・デーを導入することが珍しくなくなったが、トートバッグならばある程度のフォーマルさも担保できる、というわけで。。
(※もちろん、リュックにPCを入れて持ち運ぶ人も、女性とリュックを共用する男性もいらっしゃるでしょうが・・・)

・・・ともあれ、外れているかも知れませんが、諸般の理由のもとでトートバッグはいまや、多くのブランドがこぞってお洒落なものを揃えるようになっている。でも、消費者とは気まぐれで残酷な生き物でもある。いつまた、別なブームが起こるかは解らない。ひょっとしたら、カンガルーのようにお腹で支えるバッグができるか、昔はやったウエストポーチが再び流行るか。。

他の誰もやらなくなったときに、敢えて残ってやり続けるのが、「一人勝ち」の定石だと思う。それを踏まえて、声を大にして言いたい。

「ブランド企業の皆さーん!リュックサック、つくり時ですよーー!!」

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返信:ブランド・ジャパン2004は、ネットブランド・ジャパン

マーケティングとは?ブランドとは?:ブランド・ジャパン2004は、ネットブランド・ジャパン

>しかし、ここで一点注目したいのは、今回のブランド・ジャパンは、調査方法がネットリサーチに変更になったという点です。
>これまでもネットリサーチと郵送調査を併用してきたそうですが、今回はネットリサーチだけに絞ったようで、ネット関連ブランド、若者系ブランドがより高く出るのは当然の結果と言えます。

なるほど、すっかり見落としてました。ネットオンリーの調査だったんですね。。(汗
yossyさんのご指摘の通りで、一般的には「調査」という名前が付けば、極めて客観的で公平なように一見思われます。しかし実際には、「誰に聞いたか?」「いつ聞いたか?」「何を使って聞いたか?(郵送・ネット・訪問・・・・)」が大きな要素なんですよね。そして何よりも、「どのような調査項目で聞いたか?」が調査の結果に対して、決定的な影響を及ぼすものなんですよね。。これまた勉強になりました。。

>ブランド・ジャパンの評価はブランドの「鮮度」を測定する指標として活用するのであれば有用であると思います。
yossyさんのアイデアはとても面白いですね。そういえば、一昔前には「ブランド」という言葉は単に、シャネルだヴィトンだ、といったラグジュアリー・ブランドを指していたような気がします。しかしインターネット時代以降、新興のベンチャー企業などでも同等かそれ以上のネームバリューを簡単に手にし、巷間の注目を得られるようになったんですよね。
それにしても、ネット企業への評価は、下駄を履かせすぎている気もしますけどね・・・。

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April 17, 2004

ブランド評価2004-見えてきたテレビメディアの凋落-

Branding Project--ブランディング・プロジェクト--

日経BPコンサルティングが,一般の消費者とビジネスパーソン合計4万2000人へのアンケート調査から延べ1500ブランドを並列に評価した「ブランド・ジャパン2004」(2003年11月実査)の結果をまとめ,本日(2004年4月13日)報告書を発行すると同時に,日経ホールで「ブランド・ジャパン2004発行記念セミナー」を開催し概要を発表する。

 これによると,消費者が評価するコンシューマー市場調査(BtoC調査)では,1年前の前回調査で第2位だった「ディズニー」が今回の首位となった。前回トップだったソニーは第2位である。第3位は前回5位の「トヨタ自動車」,第4位には前回40位の「YAHOO!」が登場した。また前回と比べてブランドの総合力指数が最も増加したのは「vodafone」,次は「google」だった。

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いやはや、トヨタの強さはもはや折り紙つきなのだろうけど、BtoC市場での外資勢の優勢には目を見張るものがあります。
Disney、Yahoo!、NIKE、Windows、Starbucks、、、言われてみれば、これらのブランドに接触しない日なんて無いですもんね。

BtoC市場ランキングから見えて来る兆候として、「テレビメディアの地位の相対的な下落」が言えるのかも知れません。Googleも楽天も、テレビメディアでの露出はほとんどと言っていいほどありませんが、双方とも、今回のランキングでは大きく順位を上げてきています。また、テレビでの露出が高いはずの飲料・食料系のブランドが軒並み順位を落としていることもランキングからうかがえます。

そういえば、最近のテレビの視聴法のひとつとして、テレビを点けながらチャットやBBSでの実況を行なうことも、もはや珍しくなくなってきました。ある調査によると、テレビをみながらのインターネット利用は約7割で、うちインターネットのほうの割合が多いのは約6割、という結果も出ています(※データ参照)。テレビで見た風景やタレントの一挙一動を、2ちゃんねるその他の掲示板なんかで実況しながら視聴する。これは、テレビにネットが依存してる構造なのでしょうか?もしかしたら、インターネットに依存しているのはもはや、垂れ流され続けるテレビのほうかも知れませんね・・・。

※参考データ
インターネット利用中のテレビ視聴について

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April 15, 2004

サービス業におけるリスク管理

1つ前のコラムで、ラスベガスの豪華ホテルにおける停電事故をとり上げた。
ラスベガスという街は電気を売ってカネにしている、と言っても過言ではない。この手の停電事故自体も信じられないことなのだが、それ以上に、ホテル側の対応は信じられないほど拙劣だった。

おそらく、ホテル従業員の多くは、事態がすぐに収束するものと楽観視していたのではないだろうか。停電は僕らがカフェを愉しんでいた夜中の25時くらいに発生し、あたりは真っ暗になった。が、そのとき僕らには何らかの演出なのかとすら思えていた。しかし、朝になってもそれは収拾していなかった。

朝を迎えた僕らにも事故の説明はなにひとつなく、ただホテルの1階で、お姉さんがミネラルウォーターを無料サービスで配っているだけが、かろうじての彼らの「サービス精神」に見えた。

昼過ぎにホテルに戻っても、事態は解決して居なかった。むしろ、停電箇所は広がり、ますます混乱の度合いは増しているようにも思えた。フロントは、宿泊客で溢れていた。

Bellagio7.jpg

電話とエレベータは通じていた。共用施設(インフラ)から先に供給しようというのかも知れないが、それ自体は正しい処置だと思う。しかし、一番の問題が依然、残っていた。それは、「アカウンタビリティ(accountability)」である。

英語で「責任」と言う単語は他にもあるが、「responsibility」は“respons”(=返事)をする責任、つまり自己が他者に求められる「返事」なのに対して、「accountabilty」は“accont”(=計算・会計結果)を報告する責任、すなわち「(数字などの)客観的な証拠を使って他者を納得させる責任」なのである。

ホテル側は、何故事故が(原因)、今後どのような見通しが(見解)、代替措置はどう考えるか(安堵)などのあらゆる情報を提供し、アカウンタビリティを果たすべきであったと思う。とりわけ、サービス業は消費財と違って、接客に当たる従業員の一挙一動が売り物になる。また、顧客の側も経験価値や口コミを重要な評価尺度にしている以上、その満足と信頼をつなぎ止めるために、細心の注意を払うべきではなかったろうか?

もちろん、中途半端に情報を開示して、顧客の側に余計な不安感や過剰な安心感を与えるのは得策ではない。しかし、初動の段階で取り組み方針を迅速に打ち出すことができたなら、却ってホテルへの信頼を増すことができたのではないか、と思うと残念な感が残った。

<参考ページ>
日本リスクマネジメント学会理事長講演「危機管理とリスクマネジメント」 

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March 30, 2004

マーケティングとは?ブランドとは?:googleでblogが排除?

マーケティングとは?ブランドとは?:googleでblogが排除?

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