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April 04, 2005

「パッチギ!」

土曜・日曜、と仕事に捧げた週末。せめてものお慰みに、とレイト・ショーを慌てて観にいった。
前々から観たいと思っていた井筒和幸監督の映画「パッチギ!」です(以下、ネタバレ有り注意!)。

Pacchigi

いやはや、どの映画批評サイト観ても軒並みの高評価なだけは有りました。
在日朝鮮人の問題に学生運動、1960年代当時の時代背景が京都の町並みを巧みに利用して語られているわけです。まるでバラックのような在日朝鮮人部落の暮らしぶり、日本への強制連行の凄まじさなどの歴史背景も含めて、正面から語った製作陣のパッチギ度胸にも恐れ入りました。

溢れる暴力と葬儀、出産、朝鮮人と日本人の恋模様が、「イムジン河」を背景にカタルシスが与えられていくクライマックス。映画としては極めて良質の部類に入ると思います(井筒監督は、楽曲の力を借りて群像模様を収束させるという手法がホントに巧いと思う)。

しかし悲しいかな、昭和50年生まれの僕には、理解出来ない部分も残った。「イムジン河」が当時のラジオやテレビで自主規制されていた事も知ってたし、『パッチギ』することでこそ見えてくる『融合』があるということも、道理として納得できる。でも、僕の体液を総動員する程の感動までは至らなかった(それは滅多にない感動だが・・・)。

色々と自己心理を分析してみる。と、
どうやら、メッセージが明快過ぎる故に、僕には製作者サイドの意図が先に透けてしまうように感じて、純粋に映画に集中できなかったような気がする。メッセージを差し引いて残るものが、日本人と朝鮮人の恋模様だとしたら、僕には、行定監督・窪塚くん主演の「GO!」のほうが余程、痛い部分をうまく抉っているような気がする。
「GO!」の場合、民族問題をそこまでは明言していないものの、『ハワイ旅行に行きたいから、朝鮮籍から韓国籍に』という感覚、在日問題を片付けられなかった前世代に対して『ダッセー』の一言で窪塚君に代弁させる点、よほど現在の空気を反映したリアルを持っている。

制約の無い時代だからこそ、僕らは何処まで意味を感じながら生きることが出来るのだろうか。
所与のことと、そうでないこととの峻別自体が薄らぎつつある時代に、「ハワイに行くから、韓国籍を取る」ことの方が、リアルに感じられるなんて、なんと皮肉なことだろう。かつての目的は、50年の時を経て、手段に転じてしまったのではないか、とまで思われる。

いずれにしても、あのビッグマウス・井筒監督の、「のど自慢」以来の傑作であったことは間違いない。
また観たら感想が変わると思うが、、★4つ。

★★★★☆(満足!)

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