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March 31, 2005

分け入っても分け入っても、、

社員研修という名の旅行に行ってきました。
場所は我が国の誇る、世界自然遺産の地・屋久島。

IT依存率120%の小生としては、ネット使えない電話のアンテナ危うい地というだけで、不安な気分になってしまうから情けない(小生は自慢じゃないが、圏外であることが解りきっている海外でも、国内専用の携帯を肌身離さず持ち歩く頼りっぷりなのである・・・)。。

さて、こんな風に書くと僕のことをさぞや都会っ子ではないかとご推測なさる方も(居ないだろうけど)有るかと思われますが、小生はもやしっ子で有っても断じて、都会っ子ではありません!
僕の田舎(九州)は、1時間に2本ぽっちの汽車(※うちの田舎では「電車」という呼称はない!)しか通らず、何よりも、未だに民放テレビはクロスネット放送をしているくらいである(民放は2局しかなく、「フジ+日テレ」「TBS+テレ朝+テレ東」の相乗り状態)。

そんな田舎出身のくせして、自然に全く以って興味が沸かないから困ったもんで・・・。社員の自由行動日、体力もなくさして自然に感興の沸かぬ自分は、行き掛かり上ホテル館内で日を過ごすことは至極当り前の選択であった。

・・・ふっと、小さい頃の遠足を思い出す。
自然の光景にも草花にも動物にも、そう言えばほとんど心揺さぶられなかった。乏しい感性なのは三つ子の魂である。けれど、自然の光景の中での人為を見ると、逆になぜだかすごく癒された気がしていた。
何時間も掛けて登った山頂、錆び付いた自販機で売られるメロー・イエロー。誰も来ないような海べりの岸壁にこっそり書かれた卑猥な落書き。もう、こうした人為の手垢の一片を観るだけで、何故だか心落ち着かされる。僕には、自然の荘厳さに対峙するだけの根性が据わって無いだけなのかも知れないが。。

・・・ともあれ、屋久島。
ここにも、僕を落ち着かせる「人為」は確実に存在した。その名も、

           スナック・「ピュア」

今日び、カナ文字で「ピュア」ですよ、いやあ、もう吃驚あるのみ。。
今にも灯の消えそうな電飾は見るからに侘しく、ボロッちいドアを開くと町外れのサウナのような臭いがした。階段を下ると、そこはもう、場末を絵で書いたような鄙び模様。しかして、せまっ苦しい店内は屋久島のオトコ達で充満していた。人外の地にも、文化生活は有ったのだ!

この場所を教えてくれた滞在先ホテルのおじさんが、苦虫の表情でこう言ったのを思い出した。
「若い人が楽しめるような場所はこの島は無いですから。期待しないで下さい。」と。
それでも、僕には十分だった。自然の崇高さのもとで、小さな人間が息衝き、足掻く姿のほうが余程面白いじゃないか。海の男たちが、ケツの毛まで毟り取られる場末のスナックと、そこで働く決して洗練されているとは言い難い女たち。腰が立たなくなるまで焼酎を相あおり続けている。きっとこの先何十年も同じ光景は繰り返されることだろう。その光景の強度たるや、それこそ「オレ遺産」に認定したいくらいだ。。
***

翌朝、帰途を急ぐバスの車中から「アジアの純真」の薄汚れた看板を見遣ったとき、今一度、この島を訪れてみたい気分に駆られて止まなかった。

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March 21, 2005

繁忙、或いは甘えん坊

次のうち、いくつがあなたに当てはまるだろうか?
□ 忙しさにうっかりして、電車を乗り間違える・乗り過ごす。
□ 友人・知人の髪の伸び縮み・メイク服装の変化に気が付かない。
□ 季節が変わったのがわからない。
□ ここ1ヶ月のヒットチャートの動向がわからない。
□ 寝ずの仕事が何日も続き、歩きながら寝たことがある・もしくは何処ででも眠れる。
□ マッサージ屋さんで、「身体が鉄板みたいですね」と驚かれたことがある
□ 長期間、休みを取らずに連続で働いたことがある。
□ かわいそうなニュースを見ても、なんとも思わない。
□ 自分の運営するホームページすら、1週間以上も見る余裕がない。
□ だれかれ構わず、口の利き方が横柄になってきたと思う。

いずれも忙しさ(とその影響)を示す尺度になるかな、と僕なりの感度チェックリストを作ってみた。
① は日常的な注意力の問題
② は他者に対する興味関心感度の問題
③ は長期的変化・気候変化を読み取る力の問題
④ は短期的変化・流行感度を読み取る力の問題
⑤ は身体疲労度の指標(原因が明快系)
⑥ は身体疲労度の指標(長期的蓄積系)
⑦ は⑤・⑥あたりを支える習慣的な要因の問題
⑧ はココロの磨耗度の問題
⑨ は継続力・愛着心の問題
⑩ は余裕度の問題(或いは社会性維持力の問題)

10個当てはまる方、あなたは忙しさ度100%!休んでください、迷わず!
・・・別にある権威が作ったわけでもなく、僕が新幹線の出張往復のときに適当にでっちあげただけなので、あまり信用しないでね。でも、忙しいときの僕の状況としては全部当てはまるときがあるんで、まあいっかと。
いやね、コンサル商売ではときに、忙しさが美徳になる瞬間があるんですよ。身体壊してやっと一人前、みたいな。他人がちゃんと睡眠を取っている様子が羨ましくなったりね。同じ忙しいでも、自分を納得させる理由が欲しいなあとは思う今日この頃。
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参考:ある種のコンサルタントに自我が芽生えるまで仮説(適当)
Phase 1:「忙しいこと自慢期」
(ソルジャー期:他に誇れることもなく、大体は身につけたばかりの知識をひけらかすか、忙しいことを自慢するしかネタがない)
Phase 2:「サボり覚える期」
(部下ができて調子に乗る時期。めんどくさい作業は部下に押し付けちゃって自分は僅かな自由を享受する。ただラクしたいだけ、という説も)
Phase 3:「自我の萌芽期」
(やりたい事が芽生えてくる時期。「やりたいこと=仕事」の場合にはコンサルタントとしてはハッピーだし、そうでない場合には別の畑を探しそうになる。傍目からはただの我侭にも見える時期)
Phase 4:「周りと企て期」
(Phase3の状況を共有できる仲間を発見し、或いはそういうコミュニティに所属して、何かを構築する意思が芽生えるとき。Phase3で十分なインプットがあることが重要かも・・・なんつって)

さて、小生の周りのコンサル商売のあなた、間違っているかも知れませんが、どうでしょうか?
僕は・・・永遠の甘え期ですかね(爆)。

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March 20, 2005

「昔は俺もワルだった」的オトナに憧れる

ずいぶんとヤンキーが多い田舎の中学校でしてね、ええ。

僕はそのガッコの中では平凡な生徒会役員、いや、気恥ずかしいけどどちらかと言うと優等生やってました。まあ、田舎だから、たかが知れたもんですけどね。。

ともあれ、ワルの質・量ともに、近隣では群を抜いていた。
全校生徒1500名は県下で最大規模。縄張り争いだか何だか解んないけど、近隣校との抗争やら、高校生をボコボコにした話やら、入学試験で乱闘騒ぎを起こした逸話やらで、引っ切り無しにニュースを作る学校だった。
うちの中学の制服を見ただけで、こそこそと逃げる他校生も居たくらいだ。そういった具合で、僕くらいひ弱っちい奴でも、虎の威を存分に借りることができて、ボンタン・裏地ムラサキの学ランを着ていたぐらいだし。その他大勢の相当に「シャバイ奴等」でも『悪のブランド』を享受できた訳だ。こんなガッコで何故ボクがサバイブ出来たのかについては、また何処かの機会でブログに書くとしよう。

さて、僕はどちらかというと、極の反対側に位置していたけれど、彼らが羨ましかった。あまり計算もせず直情径行な行動を取ったり、感情に応じて泣いたり笑ったり喚いたりしてたけど、ある種の人間味をとても感じさせた。何よりも羨ましかったのは、女の子にモテてた点。これがまた、ガッコでも有名な美人に限って、なぜだかどうしようも無いワルに惹かれるんだな。
そういえば、当時は映画『ビーバップ・ハイスクール』(ナス監督の御冥福をお祈りします)が全盛期で、この映画でも、とんでもない不良がすんごい美人に何故だかモテちゃうわけなんだなあ・・・。
これって結構、現実によく有る訳で。。

その頃オイラは思ってました。
「今はちょっと悪いくらいの奴等がモテルだろう、けど、いま勉強しておけば将来はきっとモテる時代が来るはず」と。

・・・それから15年。
ああ、そこそこ勉強しましたよ。でも、全然モテる時代が来ねえじゃあねえか。俺ってバカーーー!

そして今、こんなことを話す友人が居る。
「俺も昔はケッコウ、無茶やってさぁ・・・」
こういう奴は今でも相当にモテる。翻って僕には、無茶など縁遠い過去しかない。せいぜい麦茶ってとこだ。
・・・笑えねえ。。

そういう訳で、過去は振り返っても塗り替えられないので、未来志向で行こう思います。キッパリ断言させてもらいます。
「俺、明日から、ワル目指しますんで、ヨロシク。」

・・・三十路だぞ、俺。。。      orz


===
※追記:女性読者で、不良・ヤンキーに憧れた思い出の有る方、是非コメントをお待ちしております!

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March 13, 2005

「ライフ・イズ・コメディ! ピーター・セラーズの愛し方」

・・・いや、ほんとにねえ。

未だに「自分らしく」とか言ってる輩を見ると、ゲロが出そうになるんですよ。いや、すばらしい。「自己実現、大いにばんざーい!」とシニカルな気分にさせてくれる一作。

lifeiscomedy

およそ1ヶ月ちょっと前、30歳の誕生日は独りで映画館詣をしていた訳ですが、そのときに見たのがコレ。稀代の名優・ピーター・セラーズの一生は、様々に異なる人格を演じ続けることの挑戦でもあったわけで。「博士の異常な愛情」も、初めて観、彼が1人3役を完全に演じ分けていることに、ただただ驚いた。そして、彼の破天荒(こんな平板なコトバしか思い付かない自分が情けないが)なる生き様にも。

セラーズの苦悩は、ある意味で万人に付き纏うもののようにも感じられる。誰しも盲目的に何かに突き動かされたり、衝動的な振る舞いに自身、てこずったりするのではないか?
こんな僕も、その昔の浪人時代には加藤諦三の本に随分、お世話になったものだった。ま、いま世の中に出回っている自分探し系の本の7割は彼の著書に近似した内容なんだろう、などと乱暴にも忖度してみる。

・・・でも、そもそも考える。“自分探し”ってなんだよそのコトバ。
「自分」はどの時代に生まれ落ちたいかも決められず、自分で命を絶たない限りは死ぬタイミングも決めることができない。入口と出口の決められたチューブの中で、せいぜいが自分らしい選択と思われるものを楽しんでいるだけじゃないか。
誰しも、セラーズのように生きたい気持ちは心の中にあるはず。自分を探すことに汲々する人生なんて、バカらしい。堕落も快楽も、華であります。自分を磨くことばかりに振り回されるのは、ちょっと痛々しい。
成りたいもの・成りたくないものも含めて、コロコロと変わる自分にいつもハラハラさせられ続ける。僕ならそういう人生を送りたい。間違っても、今日の占いに一喜一憂するようなアホには成りたくない(とはいえ、つい観ちゃうんだけどさ・・・)。

いつもながら、映画評なのに、全然違う方角に行ってしまうなあ。
というわけで、、セラーズに敬意。見事に演じきったジェフリー・ラッシュにも★5つ。

まだ上映中かな?↓
The Life and Death of Peter Sellers

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