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January 24, 2005

ノスタルジア不全症候群

時折、自分がどうやら情操欠落人間ではなかろうかと思う瞬間がある。

社会生活上のペルソナだか演技力だかのせいかも知れないが、ひとは僕のことを、情に厚い奴もしくは、昔の思い出や仲間を大事にしている奴だと思ってくれている。自分にとっても、「情に厚い・昔の日々を忘れない」というのは不利な風評ではないので、まあ、そのまま思わせて置いている。

でも、僕は明らかに、情操が何処か欠落した人間である。
少なくとも、僕には何某かを「懐かし」んだりする心性をほとんど持ち合わせていない、という点で。他者からの「情に厚い・昔を大事にしている」というイメージと、自分の実際の有り様とのギャップに、そろそろ僕自身もくたびれてきている。。

なぜこういう心性が起こるのか、正直自分自身でも解答を見出せてない。ただ僕は、過去よりも現在のほうが、ひとに対するノスタルジアよりも場所に対するノスタルジアのほうが、自分を惹きつけるということは習慣的に解っている。(そう、僕にノスタルジアが現前することが若干なりとも有るとすれば、それは「場所」のノスタルジアだ!(もちろん、正確には人と場所は不可分かも知れないのだが、ここでは厳密に分解して考える))

数年来の知己でも有る前職の同期は、懐かしそうに前の会社の仲間のことを話す。正直、細かな所までよく覚えているなと感心する。僕には、懐かしいという気持ちはおろか、記憶すらも湧いてこないのに。。void!(空っぽだ!)

ノスタルジアはその昔、病だと思われていた(クレヨンしんちゃんの映画評でも以前書いたが)。けど、それが病だとしたら、これほど甘美な病も無いだろう。ノスタルジアは、それを語ることで感情が揺さぶられる、誰かと繋がれる、、人生にとっての媚薬みたいなもんだ。

友人は言う。「ノスタルジーをどれだけ浄化できるかが課題だ」と。

僕には、折り合いを付けずに来てしまった過去が故に、カタルシスが足りないのかも知れない。また困ったことに、このことは、さほど喫緊に取り組むべき課題でもないから、始末が悪い。こういうことに気づくと、ボディブローのようにじわじわと自分の考える体力を吸い取っていく。

ざらざらとした自分の感情を少々持て余しながら、僕に出来る事は、自分の未熟な感情と訣別する瞬間を、ただじっと待っているだけなのかも知れない。

・・・そんな僥倖、来る訳ないのに。

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Comments

やはりなにか残して帰らずにはいられませんわ、サイト名「場所の記憶」といたしましては(笑)
このタイトルを掲げて以来、「場所」に反応する種族(?)が結構この世に生息しているのだと知りました。少し嬉しいような、不思議な気分です。
記憶が喚起するもろもろへの処し方は人それぞれと思いますが、私自身は懐古も回顧もなく、記録するのだけは大好きなくせに二度とそれを省みもせず、同じ過ちばかりを繰り返しながらそれでも生きております。
これってもう治らないだろうなぁ~ ^^;

Posted by: たま | January 24, 2005 at 09:50 PM

>たま様
今回は「記憶」における「場所」の役割について語っており、まさにたまさんのブログのテーマそのものだわ!などと思ったりいたしました。。

>記録するのだけは大好きなくせに二度とそれを省みもせず、
>同じ過ちばかりを繰り返しながらそれでも生きております。
私にも耳の痛い話です、、実は僕も昔のメールは延々と保存していたり記録に関しては結構マメなつもりですが、まったく記憶していなかったり・・。

たま様も私も治らない病かも知れませんが、それも諒承して、半ば諦観半ばキャラクターとして、やっていくってことでしょうかね??
などと勝手なことばかり言いつつm(_ _)m

Posted by: かどぅ | January 25, 2005 at 11:15 AM

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