« October 2004 | Main | December 2004 »

November 19, 2004

夕方17時の憂鬱

村の鎮守の 神様の
今日はめでたい お祭り日
どんどん ひゃらら どんひゃらら
どんどん ひゃらら どんひゃらら
*****

何がめでたいものか、夕方も17時になっちまったじゃねえか、、

僕の街では、夕方を告げる小学校のチャイムが毎日流れてくる。いまの季節は童謡「村祭り」。ちょこっと前は「夕焼け小焼け」、これから冬の時期にかけては「たきび」が流れる。
そもそもは地区の小学生に対して、このチャイムを目処に帰宅することを促すという、教育上防犯上の効果を考えてのことだろうと思う。僕だって昔は小学生やってたわけで、この辺の事情くらいは察してやれるですよ。

・・・しかし、である。
この懐かしさや郷愁感をやたらと煽る音楽の選択だけは、なんとかしてくれんかな。一日の終わり、どころか、人生が終わったような、絶望的な気持ちになります。この夕方チャイムを聴くのが嫌いで、僕はこの時間はチャイムの音の届かない地下や騒音地帯に身を潜めたり、パチンコ屋に入ったりする。そこまでしてでも、この音は聴きたくない。

いささか神経質に過ぎるかも知れないけれど、休みの日なんかにコツコツと自宅で仕事を持ち帰ってやっている人間にとって、「一日の終わり」を告げる音楽はもう、聴くに忍びない。「ああ、、一日仕事だけで終わっちまった・・・」と。
それを避けたくって、いつもは「人生まだまだこれから」とか「人生は夜はじまる」的な音楽をかけるとです。そうですね、、ちょっと古いけど、Bee Geesの“Night Fever”とか、Guns N' Rosesの“Paradise City”あたり。。

懐かしい曲なんてかけられちゃうと、一気にモチベーション下げられちゃう事があるんですよ。「子供が遊ぼうと思う気持ち」を抑制するのはよく解りますが、「オトナの仕事したい気持ち」まで抑制されては・・・。同感を持たれる方、いらっしゃいませんか??そういえば、他にも少しばかり思い当たる節が。

僕は大学に入学して上京して以来、JR中央・総武線の沿線ぞいから離れていないのですが、中央線ってのがまた非常に厄介な電車でして。人身事故が多いこと多いこと。
三鷹駅までは東西線があるから良いんですよ、他の輸送手段使えば都心との移動はできるわけで。しかし、三鷹以西の住人はどうすりゃいいんだ?武蔵境・東小金井よりアッチ側ですわ。中央線で人身事故を起こされちゃうと、もう、動きが止まってしまう。
で、その原因はやっぱり車体の色にあると思うんです。オレンジ色ですよ。あの夕焼けオレンジ色の持つ懐かしさが、ヒトをついつい、アッチの世界に誘っちゃうんだろうなあ、と昔は思ったものです。

・・・と、同じようなことを考える方は世の中にはいらっしゃるもので。
中央線人身事故の原因の話
こんなに素晴らしい分析までなさっていて、ビックリ!たまげました!!

仕事にくたびれ、家庭に疲れたサラリーマンが、ホームでぽつねん、と。ふと見やると、オレンジ色。「夕焼けの色だ、あははは、思い出すなあ、ザリガニ釣り、、思い出すなあ、トンボ取り・・・」ってな感じね。。
(><)/・・・

ともあれ、懐かしさは何かの罠です。皆さんも気をつけて!!ってなとこかしら。

| | Comments (5) | TrackBack (0)

November 12, 2004

ambient

踊り疲れた ディスコの帰り
これで青春も終わりかなと 呟いて
貴方の肩を眺めながら 痩せたなと思ったら泣けてきた
****

宵闇舞い降りる昂揚感と、空白む朝の寂寥感。

滲むインクの褐色は、いつもよりもさらに、儚くも青い。
線香花火が終わりの時を告げるように、ほどける心。

神様、僕に言葉を統べる力を。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 07, 2004

「えびボクサー」

ebiboxer.jpg

いやはや、すっかりお鍋の季節ですねぇ・・・。
九州出身の人間といたしましては、もつ鍋もふぐも、こういう季節だから、たまらない。
お、カニも忘れてました!冬はやっぱし、カニっすよね。カニ!

・・・でも、海老だけは勘弁。。

そんな気持ちになってしまう一作です。
もう、ストーリーなんて説明する価値があるんだか無いんだか、くらいのB級さ加減で目一杯。
***
しがないパブをやっている元ボクサーの中年オヤジ。ぱっとしない日々の中、体長2mの巨大エビが居るという話が舞い込む。巨大エビをアマチュアボクサーと闘わせる様子をテレビ局で放映すれば一儲けできる、と企むが・・・。
***
まあ、あらすじはこんなもんでいいでしょ。
それにしても、毎度毎度イギリス映画には、「フル・モンティ」もそうなのだが、「覇気の無いショボくれた中年親父に夢を」という気概(?)が感じられます。
そういえば、「フル・モンティ」は「リストラ親父の負のエネルギーから、中年男性ストリップへ・・・」という流れがあり、『現実をやむなく諒承し、少しでも改善に向かいたい』という、非常にリアリティとほろ苦さに溢れた作品でした。これが、パクリ先の「ウォーター・ボーイズ」だと、葛藤も煩悶も無いものね。「男子高校生の有り余るエネルギーを、男のシンクロに!」という、ある種のポジティブさや、積極的な選択ぶりが有りましたよね。
細かいプロットについては、「ウォーター」は「フル・モンティ」のパクリなんですが、やはり、清涼感・もう一度観たい感は「ウォーター」のほうが強い感じがします。

あ、「えびボクサー」の話でしたね。
ストーリー自体はあまりにも、あまりにも、、、なので、まあ、ほんとにやることの無い方、ご覧ください。
(・・・但し、ご覧になった後、「えび」をお召し上がりになれなくても、当方は一切関知いたしません。)

| | Comments (2) | TrackBack (1)

November 06, 2004

悪貨は良貨を駆逐する

「悪貨は良貨を駆逐する」(Thomas Gresham:1519-1579)
素材価値の異なる2種類の貨幣が同一の名目価値で流通するとき、素材価値の高い貨幣(良貨)が退蔵・融解されて、素材価値の低い貨幣(悪貨)だけが流通することになる。

*****

真摯に芸術の深淵を追求する知人が有る。
いささか権威主義的に傾くきらいがあって、「これはホンモノ、これはニセモノ」という真贋や優劣をつけたがるのがちと過激ではあるが、しかし、その芸術の芯を捉えたいとする姿勢には学ぶべき部分が多い。

それにしても、世の中には悪貨が溢れてしまった。あらゆる場面において。
こうしてブログを日々書いている自分も、捏造貨幣を作り続けることに加担している点では、実に心苦しい限りだが。

「現代の特徴は、凡俗な人間が、自分が凡俗であるのを知りながら、敢然と凡俗であることの権利を主張し、それをあらゆる所で押し通そうとするところにある」(オルテガ・イ・ガセット「大衆の反逆」より)

マス・大衆の持つエネルギー自体を僕は決して否定するものではない。日本の高度経済成長期しかり、フランス革命期しかり、インドのサティアグラハ運動しかり、、時代が大きな潮流を紡ぎ変革を遂げるとき、民衆・一般市民の力なくしては成功に至らなかったと思う。ここでのポイントは、「大衆・庶民」が「市民的人間」へと生まれ変われるかどうかということなのだろうが、この点に関しての考察はいずれ別の機会に譲るとしよう。

それにしても、大衆の持つ、平凡化へのエネルギーがひとたび牙を剥いたとき、「非凡なもの、卓越したもの、個性的なもの、特別なもの、選ばれた才能をもつもの(以上、オルテガの言を借りる)」の存在は一たまりも無くなってしまうのは事実である。卑近な例を挙げてみる。

僕は「2ちゃんねる」の古参ユーザーのひとりだった。
1999年の5月末、新入社員研修の所在無い日々の中、いつもの如くネットサーフィンをしていて偶然見つける。ほとんど気にも留めずに通り過ぎるが、後日、自分の入社した会社の赤裸々な真実・裏話の暴露をたまたま見つけ、驚嘆したのを覚えている。情報の精度にも驚いたが、何よりもそこで書き込みをしている人間の持つ、書き込みへの解釈力の高さや研ぎ澄まされた語感には、『インターネット恐るべし』を感じたものだった。僕自身、濃度の高さを楽しんでいた時代でも有った。
その後、2ちゃんねるは2000年5月のネオ麦茶事件を機に、一気にマスメディアの注目を浴びる。この辺りで、2ちゃんねるを初めて知った年寄りテレビキャスターが害悪論をまことしやかに語り出す。メディアの注目を浴び、さらに表舞台に出た掲示板は肥大化し始める。

お好み焼き屋でカップルはお互いにキャッキャ言い合う。
 「食ってよし!」
 「オマエモナー!」

あの頃、とても斬新であった概念や語感も、巷間で口にされればあっと言う間に陳腐なものへと変わってしまう。
 「逝ってよし!」
 「オマエモナー!」
この掛け合いの妙や、適時性・的確性はもはや、あの掲示板では見られなくなった。おっと、このままでは生ぬるい懐古趣味みたいなことを言い出しそうだな・・・話を戻そう。

いずれの時代にせよ、そして人間一身の中にせよ、劣化や鈍化は避けられぬ現実として僕らの前に横たわる。
美はやがて色褪せ、形あるものもいつか壊れ、斬新だった概念も陳腐化し、ロックは童謡へと堕落する。これは人間が繰り返してきた営為でもある。

避けられない現実だからといって、僕は己の劣化や鈍化に手をこまねいて見ていたくはない。ある人に聞かれる。
 「かどぅさん、かどぅさんはどうしてそんなに、批判精神が旺盛なの?」と。
解らない。ただ、この時代に生きている限りにおいて、ややもすれば自分が「取り込まれて」しまいそうに感じるから、そこから逃げたいだけなのかも知れない。そのために、たたかう。最後の一人になっても、抗う。
ミイラ取りがミイラに、ミカン取りはミカンに。

・・・そして、僕は、ミイラでも、ミカンでも、ない。

| | Comments (7) | TrackBack (0)

November 01, 2004

「10 things I hate about you(恋の空騒ぎ)」

10things.jpg

「『嘘(ニセモノ)から出た真実(ホンモノ)』を追求する」のが、僕の今年のテーマ。

嘘もつき続けようとすればそこに真摯な姿があるのかも知れないし、嘘のベールを剥がした最後に残るものは何か、また、ニセモノは薄っぺらなホンモノを時に乗り越える力があるのではないか、と思っている。善悪二元論的には、「ニセモノ=悪」「ホンモノ=目指すべき善」のように見えるのかも知れないが、そんな世の中は取り付く島がない。
ゴミの山からダイヤの原石が見付かることもある、というのが僕のてきとーなイメージであり、ニセモノの僕にできる、せめてもの自己肯定の方法なのかも知れません。。

さて、それはまあ、良いとして。(以下、ネタバレ有!)

本作はシェイクスピア「じゃじゃ馬ならし」を現代劇に仕立た痛快恋愛映画。
ラブコメ禁止令を己に課して久しい僕ですが、いや、この爽快感は伝えねばなるまい。シアトルの美しい風景と、一風ひねった恋愛模様がまた素晴らしい。
「お金を貰って、美人だけど癖のある学校一の嫌われ者の女の子を口説く。しかしそのうちに、お金も賭けも関係なく本気にのめり込んでいく」こんな設定は実にラブストーリーの定石のようにも思える。そういえば、昔のラブコメなんて、「反目し合ってた男女が、次第に相手の意外な良さを発見し打ち解けあう」ってな話ばっかりだったような気がしますが。。

わたくし的に一番なのは、主人公ヒース・レジャーが校内放送を使って、グラウンドで愛を唄い告白する場面。
いやあ、、、見ているこっちがこっ恥かしくなる、、けどカッコイイ。ああいう告白をされてみたいって思う女の子は、意外に少なくないと思うが。。
しかしこれって、やり手が変われば、カラオケソングで愛を叫ぶ間抜けな兄ちゃんになっちゃうんだろうなあ(少なくとも、僕がやったらかなーり間抜けである)。。

見終わった後に、「恋したい、こんな素敵な恋してみたい!」なんて、ちょっと思ったりもして。・・・なんで純情揺さ振られているんだ、、俺(恥)

ヒロインの妹役が着ているTシャツの「阪急電車 急行は速い(トリビアでも紹介されてましたね)」も含めて、一見の価値有りな一作。

誰にも恋していない日には、いかがでしょうか?

| | Comments (2) | TrackBack (0)

« October 2004 | Main | December 2004 »