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October 31, 2004

安定に吐き気、刹那に寒気

小学生の頃、「将来なりたい職業」の欄には、何て書いてたっけ?

人間なんて皆、同じ器官を持ち、同じ形状をして、同じセイカツをするようにプログラムされている訳ですよ。これは疑うべくもない大前提。その中で、多少は人生選択上の自由が認められているだけで、生きるための基本的な振る舞いは何も変わらんとです。

「僕はひとと違う発想を持っている」とか「俺の文学的感性は鋭いのに、あいつはヌルイ」とか、「あたしは平凡が怖い、凡人にはなりたくない」なんて・・・いやいやいや、隣で吊り革に掴まってるヒトもそう思っているんだからさ。たぶん。「高踏派」なんて、他者との同質感を認めたくない幼稚なオトナの逃げ口上なのだから。

僕はあの頃、「安定なんて、平凡なんて嫌だ。サラリーマンには成りたくない」って、漠然と思ってたような気がする。結果、サラリーマンやってるのにね。
『経営コンサルタントはサラリーマンでは無い』とは、職業上有するべきプライドとして理解はできても、実態は給料貰って食うとるわけで。その現実は肯定せねばならんよ。よしんば、会社を経営しておったとしても、貨幣を食料と交換して生きながらえる人間の基本的な営為に、どれほどの差があるというのだろう?

それでも尚、「安定」なる言葉には吐き気を催す何かがある。僕が若いから?独り身だから?護るものが無い無責任さから?
とりわけ、他者が現実をしぶしぶ諒承し折り合いをつけた現実的な言説をするとき、もう、僕の嘔吐感は絶頂に至る。『その話、頼むから止めて。もう吐きそうになるから』とは言わないまでも。嘔吐とまではいかなくとも、何かしらそこには「卑小さ」のようなものを見てしまうからかも知れない。
翻って、自分は、何処まで自由で、何処まで特別な存在だと言うのだ?

一方で、ひとの生き様に言動に「刹那」を見るとき、もう、僕の背筋は凍えてしまいそうになる。そこまで疾走を続ける理由も、己を危うくしたいと思う動機も解せない。安定からの逃げ道として刹那を求める心性だったら、ちょびっとくらいは分かるかも知れないけどさ。「自分を守りたい」という人間の本能が欠如したような相手からは、恐怖しか感じられない。

どちらとも少しばかり距離を置きたい僕に、いまできることは、そこの街角のカフェで一服して、しばしの休息を取ることかも知れない。

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※ユウキロック様のブログにTBお送りしております。
ユウキロックの毒針日記: 引退

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October 28, 2004

電車に揺られて

そもそもこのブログの中で、「ルサンチマン」なんてカテゴリを作っているくらいだから、善かれ悪しかれボクには、「過去」に対してある種の折り合いをつけたい気持ちに支配される瞬間がある。

恥を忍んで言えば、今の僕は、過去を忌み嫌うことで現在を肯定しようとする気持ちが強い。

なぜこういう心性になっているのか、自分でも十分に説明する言葉を探し当ててない、というのが正直なところなのだが、経験則的には、過去にすがりついたり、美化したりしたことで良い目を見たためしが余り無いということが言えるんじゃないかなあ、、と思う。

中学に入学したとき、くじ引き試験で落っこちてしまった別の中学のことを引きずっていた。そのために、僕は入学後1・2学期の間くらいずっと沈鬱な気持ちに支配されていたことを覚えている。予備校に通い始めたときも、「高校の先生のほうがずっと授業が上手い」なんて思ってた。しぜん、予備校講師の授業をすっかり舐め切って、授業を聞く気にすら成れなかった。大学にしても、結局行けなかった本命大学のことを引きずって、1年間くらいは友達を作る気にも講義を受ける気にも、成れなかった。

いつの頃からだろうか。過去への強烈な思い入れや成功体験にしがみつく心性、美化する気持ちは、僕の人生の中では往々にして、進歩の歩を緩め、停滞させる働きがあることに気づいた。その反動かは解らないが、僕は過去を憎み嫌うときの方が、自分をモチベートするのに都合が良いと思っている。

例えば、前の職場での出来事なんかがそう。
楽しい思い出や、それなりに肝胆相照らせる仲間も見付かった。社会人生活をスタートさせるには結構恵まれた環境だったはずなのだが、いまの僕にとっては、新しい職場・新しい仲間・新しい仕事を見つけ、そこで頑張るために積極的に憎まれるべきものに成ってしまっている。もう前の職場を離れて3年以上経つが、悔しい思い出や辛かった感情だけを敢えて心の引き出しの奥の方から引っ張り出すことで、自分を奮い立たせる材料にしようとしている。
そもそもが自分に甘い人種のせいなのか、楽しい思い出だけでは発奮もモチベーションも喚起はされない。目を輝かすような遠くの夢よりも、自分の身に降りかかった唾棄すべき思い出の数々のほうが自分を揺り動かす力が大きい。

そのお陰もあってか、今は毎日が楽しく、いまの仕事や仲間との間でのやりがい感も覚えている。
ただ、ふっと立ち止まって考えれば、それは、過去に対しての僕の折り合いの付け方に影響されているからかな、とも思う。できることであれば、過去を美しく了解し消化し、次のステップで成功するための糧になるように利用できるように成りたいけどね。。

本来的には、過去なんて、極度に忌み嫌うものでも、また過剰に思い入れ美化するものでもないのだろう。僕らの意思の届かぬ範囲も含めて、ある種の風景のように流れていくような。そう、喩えれば、ただ通過を繰り返す電車のようなものなのかも、知れない。

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October 16, 2004

Blog、たまには普通に日記

仕事がらってのも有りますが、極端なことを言えば、
季節が変わるのが解らないほど仕事しちゃう、なんてなこともあります。
(ちょっとカッコつけちゃったかしら・・・)

そういえば、サッカーの日韓W杯、あれだけ盛り上がったのにも関わらず、
忙しさにかまけてぜんぜん見てなかったなあーー。日本が何番目だったのか、
結果もよく知らんし。。まるでテレビの無い国の住人のようで(爆

というわけで、サボりにサボり中のブログです。
ま、日記なんで、たまにはふつーーに近況報告してみました。。

寒くなってきた折なので、皆様もお身体にはご自愛くださいませ!

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かどぅ拝

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