« はじめての洗脳 | Main | TBSドラマ「逃亡者」 »

August 15, 2004

熱病からの卒業

「ノストラダムスの大予言」を本気で信じていた時代があった。
他でもない、百詩編の中の「空から恐怖の大魔王が云々・・・」というくだりのことである。いま思えば懐かしいなあ、中坊の頃。

中学生時分にノストラダムスの大予言を信じていたのには、わけがあった。
その頃の僕は、少しからず日本の戦争責任についての考えを巡らしていて、とりわけ、軍部の暴走を止めずに戦争に加担するばかりの民衆の熱狂ぶりを、どこか恐ろしく思っていた。「日本人はその本性として同質性・集団性が高いため、いったん火が点いた時には、皆が無批判に右にならってしまうような行動を取るんだ」と。
だからこそ、ノストラダムスの大予言を信じる人間によって、世紀末にはその同質性に火が点いてしまうに違いない、と思っていた。このことに警鐘を鳴らすつもりだったのか、当時は論文まで書いたことがある。ああ、中坊の頃の純粋さを思うと泣けてくる・・・。

その後、阪神・淡路大震災が起きたときのこと。被災者は海外メディアからも絶賛されるほどの落ち着きようとマナーを示した。どこの国でも通例、大都市であの規模の災害が起こったときには、騒乱やインモラルな行動が激化するものなのだそうだ。しかし、震災の被災者は、倒壊するビルの狭間でも信号を守り、食料配給の列を崩さず、ボランティアに積極的に協力を行なっていた。そのモラルの高さに感心すると同時に、一抹の薄ら寒さのようなものも感じた。
日本人はもはや、同質性を以って騒擾する民衆で無くなったという点は頼もしくも、しかし生命に対する執着心の無さと際限ない冷静さのようなものを裏側に感じ、ちょっと哀しくも思えた。

2001年9月の同時多発テロの際にも、現地でテロ災害に遭う日本人は異常とも言える冷静さを保っていた。一方のビルが攻撃を受けた直後も、ツインタワーのもう一方に居た日本人は、電話で淡々と事の状況を伝えていたのである。ここで思いは確信へと変わった。日本人はもはや、マス・ヒステリーに陥るようなことはないだろう、と。

今日は終戦記念日。
ジャーナリストの角間隆は、「日本人のマス・ヒステリーは60年周期で訪れる」などと昔書いていたが、どうだろう?
僕にはその予言も外れるような気がして、しょうがない。

|

« はじめての洗脳 | Main | TBSドラマ「逃亡者」 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/24481/1199474

Listed below are links to weblogs that reference 熱病からの卒業:

« はじめての洗脳 | Main | TBSドラマ「逃亡者」 »