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June 19, 2004

耽溺する筋肉

70年代フォークにハマッて、かれこれ10年以上になる。

「愛」だの「恋」だのを歌ってみたり、「逢いたい」だの「想いを伝えたい」だの、80年代以降のロックやポップスはその内向的な思いを第三者に認めてもらいたくて仕方が無いわけだが、60年代の終わりから70年代にかけてのフォークは違っていた。「仲間と語らいたい」「社会を変えたい」とエネルギッシュに唄ってみるかと思えば、とたんに枯淡のような情景を歌い上げたりする。ともあれ、音楽にはあまり明るくない僕だが、ある意味で80年代以降の歌は、主観を回復する試みだったのかも知れないな、なんて思ったりもする。

路地裏の片隅で、くの字にぶっ倒れて空を睨む痩せこけた青年。これが僕の想像上の長渕剛だ。
遅れてきたフォーク青年は、世界を変えたい仲間を探したいけど、関門海峡を越えて来てみれば、変えるべき世界も一緒にこぶしを挙げる仲間も見付からず、、途方にくれて女々しい恋唄を叫ぶ。男、ひとり。

げに、思い込みって恐ろしい。
ふとあるとき、気付いた。久しぶりに長渕をテレビで見たら、すいぶんと逞しくなっていたことに。長い髪は坊主に、女々しい恋の唄はなく、サングラスの奥でどんな眼をしてるのか、もはや窺えなくなっていた。身体を鍛えているとかいう彼は、司会者の前でとたんに、腕立て伏せを披露し始めた。。

岡林信康に高田渡に、山本コータロー、、フォークシンガーは痩せていると相場が決まっているもんだ(これはボクの思い込みですが(汗;))
・・・身体なんて鍛えて、どうする?

身体を鍛えるといえば、そういえば三島由紀夫も、映画「タクシードライバー」のデニーロもムキムキやってたが、身体を鍛えるときには、何かしらの覚悟をしているもんだ。ニーチェは、肉体的健康がルサンチマンを払拭する条件かのように書いていたが、兄貴はそこまで達観しているようには思えない。
悪いがボクには、あの筋肉に思想も覚悟も、見出せなかった。しいて言えば、「健康維持管理」かな?

その後兄貴は、大晦日紅白にはベルリンの壁の前で何曲も熱唱し、サザン桑田圭祐に喧嘩を挑み、共演女優と不倫しそれを奥さんに庇い立て会見されるなど、相変わらずのファンシー・フリーっぷりを見せている。でもそれでいいんだ。だって、アーティストなんだもん。

・・・あてどころ無き筋肉の行方だけが気に掛かる。

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