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April 04, 2004

贋物はその努力にこそ、華がある

方々の宿屋で、詐欺を働いては日銭を稼ぐ夫婦がいた。あるときは剣豪を騙ってみたり、またあるときは高名な茶人を騙ってみたり。

詐欺師夫婦は旅の道中、ある宿屋で高名な仏師の名を騙っていつものごとく、いくばくかの小銭を掠め取ろうとしていると、そこに宿の主人が喜色満面で飛び込んできた。
「あなたさまのように有名な仏師様がお越しになるのは、当宿の光栄でございます。つきましてはひとつ、宿泊の記念に仏像を彫っていただけないか」と。

衆人監視の中で、逃げるわけにもいかなかった詐欺師夫婦は、その申し出を受けるしかなかった。
タイミングの悪いことは続くもので、ホンモノの高名な仏師が、同じ宿場の別の宿屋に泊まっているという。どちらかが偽者であることは、これでもう明々白々である。偽者仏師(詐欺師夫婦)と、ホンモノの仏師は、互いに腕を競って疑念を晴らすことになった。

偽者夫婦も、ここで騙りがバレれば、これまでの余罪とともに罰せられることは目に見えている。もう、ただただ必死で仏を彫るしかない。寝ずの彫刻は続いた。

勝負の期日が訪れた。ホンモノの仏師の作と偽者仏師(夫婦)の作。しかし、ホンモノの仏師は偽者仏師夫婦の作った仏像を見て、驚いた。まさに、魂の一作だった。ホンモノの仏師は全てを悟った。

「すんません、騙ってたのは、ワイのほうだったようですわ」

と、言うとホンモノの仏師はその場を立ち去った。

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とある小説だかで昔、このような話を読んだことがあるが、僕はこの手の話が大好きである。
贋物には時に、ホンモノ以上の魂が宿ることがあると信じている。贋物がホンモノ足らんとして、必死に努力し、あがく様には、ホンモノの持つ魅力を凌駕する瞬間があると思えてならない。

今日も何処かで、贋物がその魅力を開花させていないか、と想像するだけでワクワクしてくるのである。

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Comments

ちょっと違うかもしれないけど、
わたしは「B級」が好きです。
一流にはちょっと足りない、でも
なんか人を引きつける力はある…

でも、実は「B級」にこそ傑作が
多かったり。
映画しかり、音楽しかり・・・
「A級」は当たり前に良すぎて
つまんない。

なんてことを読みながら思いました。
ちょっとトピズレ。

Posted by: akari | April 06, 2004 at 10:10 AM

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