July 28, 2005

「運命じゃない人」

観て、ドキっとした三十代は僕だけじゃないはず。

unmeijanaihito

癖のあるエピソードの粒を、全体的にお洒落なタッチで纏め上げちゃった。たいしたパワーです。他のサイトが散々誉めているのでしょうが、とにかく脚本も構成も素晴らしい。邦画と2時間ドラマの違いもよく解らない僕でも、これは映画じゃないと描けないね。ハッキリ解る。

思えば、僕らは因果な時代に生まれ落ちた。

最悪の困った事態には誰かが救いの手を差し伸べ、颯爽とヒーローが現れてにっくき敵を蹴散らし、王子様やお姫様とは必ず何処かで出遭えるものだと思ってる。眠っている才能はいつか勝手に開花するものと夢見てる。

・・・んなわきゃーーねえ。

偶然も運命も、口開けてたって来る訳ないだろ。蒲団被ってたって明日は来ないし、窓を開けなきゃ陽は見えねえ。“ある日突然”、“いつかどこかで”なんて待ってたら、日が暮れちまうんだから。
夢が無けりゃあ生きていけないのかも知れない。けれど日常を積み重ねたとき、そこには、下手な夢なんかを遥かに凌駕するものがあるはずだ。

偶然を描かないドラマなのに、ずいぶん良い夢を見せて貰いました。ご馳走様。

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July 27, 2005

「地獄甲子園」

恥ずかしながら、この国に生を受けて30年。
一度も、野球をやったことが、無い。

けれど、この映画を観た後は、バットとグローブを持って駆け出したくなっちまったよ。

jigoku_koushien

いやあ、酷い、酷い、ほんとに素晴らしく酷い感動映画だ。こっから先はネタばれになるのだろうが、まあ、観るひとなんて居ないだろうから良いやね。
死んだはずなのに生まれ変わるナイン、主人公が必死に編み出した魔球など全く使わない、プロセス無視のクライマックスシーン、名台詞の数々(「てめーらには教えてやんねー!糞して寝ろッ!」 )、、。

・・・実に、漫☆画太郎先生の無軌道な原作に忠実だあ!
感動など誰も期待してない映画だけに、ここまで監督が下らなく作ってくれると良い。真面目に下らなく作るってのは、すっごい高等なテクニックだと思う、いや、愛情の表れだと思う。感動した!

それに引きかえ、実写版「デビルマン」ときたら。。

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July 16, 2005

「タカダワタル的」

『むかしゃ、新橋のガード下、ピカピカ一枚握りしめたら、魔法が使えたもんだ』

安吾は確か、こう言ってた気がする。
そして今日も僕は、魔法のあわいを味わっている。缶ビールたった2本で。

ひとり身のせむし男が、週末の夜に、酒場にも行かずに呑む酒も、まんざら悪くない。
十年前、気でも狂ったかのように聴いてたのは、やっぱりビートルズで、パスト・マスターズは良い。

魔法が解けるのがヤなもんだから、次のボトルに手を伸ばす。
まだ酒の味もわからないティーンの頃に、失恋を紛らして呑んだヤケ酒の苦い味なんて、もう舌先にすら残っていない。
酒が美味いだなんて言いたくないけど、随分、遠いとこに来ちゃったのかもね。

渡さん、今日は何処で、飲ってるのかな。

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April 04, 2005

「パッチギ!」

土曜・日曜、と仕事に捧げた週末。せめてものお慰みに、とレイト・ショーを慌てて観にいった。
前々から観たいと思っていた井筒和幸監督の映画「パッチギ!」です(以下、ネタバレ有り注意!)。

Pacchigi

いやはや、どの映画批評サイト観ても軒並みの高評価なだけは有りました。
在日朝鮮人の問題に学生運動、1960年代当時の時代背景が京都の町並みを巧みに利用して語られているわけです。まるでバラックのような在日朝鮮人部落の暮らしぶり、日本への強制連行の凄まじさなどの歴史背景も含めて、正面から語った製作陣のパッチギ度胸にも恐れ入りました。

溢れる暴力と葬儀、出産、朝鮮人と日本人の恋模様が、「イムジン河」を背景にカタルシスが与えられていくクライマックス。映画としては極めて良質の部類に入ると思います(井筒監督は、楽曲の力を借りて群像模様を収束させるという手法がホントに巧いと思う)。

しかし悲しいかな、昭和50年生まれの僕には、理解出来ない部分も残った。「イムジン河」が当時のラジオやテレビで自主規制されていた事も知ってたし、『パッチギ』することでこそ見えてくる『融合』があるということも、道理として納得できる。でも、僕の体液を総動員する程の感動までは至らなかった(それは滅多にない感動だが・・・)。

色々と自己心理を分析してみる。と、
どうやら、メッセージが明快過ぎる故に、僕には製作者サイドの意図が先に透けてしまうように感じて、純粋に映画に集中できなかったような気がする。メッセージを差し引いて残るものが、日本人と朝鮮人の恋模様だとしたら、僕には、行定監督・窪塚くん主演の「GO!」のほうが余程、痛い部分をうまく抉っているような気がする。
「GO!」の場合、民族問題をそこまでは明言していないものの、『ハワイ旅行に行きたいから、朝鮮籍から韓国籍に』という感覚、在日問題を片付けられなかった前世代に対して『ダッセー』の一言で窪塚君に代弁させる点、よほど現在の空気を反映したリアルを持っている。

制約の無い時代だからこそ、僕らは何処まで意味を感じながら生きることが出来るのだろうか。
所与のことと、そうでないこととの峻別自体が薄らぎつつある時代に、「ハワイに行くから、韓国籍を取る」ことの方が、リアルに感じられるなんて、なんと皮肉なことだろう。かつての目的は、50年の時を経て、手段に転じてしまったのではないか、とまで思われる。

いずれにしても、あのビッグマウス・井筒監督の、「のど自慢」以来の傑作であったことは間違いない。
また観たら感想が変わると思うが、、★4つ。

★★★★☆(満足!)

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March 13, 2005

「ライフ・イズ・コメディ! ピーター・セラーズの愛し方」

・・・いや、ほんとにねえ。

未だに「自分らしく」とか言ってる輩を見ると、ゲロが出そうになるんですよ。いや、すばらしい。「自己実現、大いにばんざーい!」とシニカルな気分にさせてくれる一作。

lifeiscomedy

およそ1ヶ月ちょっと前、30歳の誕生日は独りで映画館詣をしていた訳ですが、そのときに見たのがコレ。稀代の名優・ピーター・セラーズの一生は、様々に異なる人格を演じ続けることの挑戦でもあったわけで。「博士の異常な愛情」も、初めて観、彼が1人3役を完全に演じ分けていることに、ただただ驚いた。そして、彼の破天荒(こんな平板なコトバしか思い付かない自分が情けないが)なる生き様にも。

セラーズの苦悩は、ある意味で万人に付き纏うもののようにも感じられる。誰しも盲目的に何かに突き動かされたり、衝動的な振る舞いに自身、てこずったりするのではないか?
こんな僕も、その昔の浪人時代には加藤諦三の本に随分、お世話になったものだった。ま、いま世の中に出回っている自分探し系の本の7割は彼の著書に近似した内容なんだろう、などと乱暴にも忖度してみる。

・・・でも、そもそも考える。“自分探し”ってなんだよそのコトバ。
「自分」はどの時代に生まれ落ちたいかも決められず、自分で命を絶たない限りは死ぬタイミングも決めることができない。入口と出口の決められたチューブの中で、せいぜいが自分らしい選択と思われるものを楽しんでいるだけじゃないか。
誰しも、セラーズのように生きたい気持ちは心の中にあるはず。自分を探すことに汲々する人生なんて、バカらしい。堕落も快楽も、華であります。自分を磨くことばかりに振り回されるのは、ちょっと痛々しい。
成りたいもの・成りたくないものも含めて、コロコロと変わる自分にいつもハラハラさせられ続ける。僕ならそういう人生を送りたい。間違っても、今日の占いに一喜一憂するようなアホには成りたくない(とはいえ、つい観ちゃうんだけどさ・・・)。

いつもながら、映画評なのに、全然違う方角に行ってしまうなあ。
というわけで、、セラーズに敬意。見事に演じきったジェフリー・ラッシュにも★5つ。

まだ上映中かな?↓
The Life and Death of Peter Sellers

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November 07, 2004

「えびボクサー」

ebiboxer.jpg

いやはや、すっかりお鍋の季節ですねぇ・・・。
九州出身の人間といたしましては、もつ鍋もふぐも、こういう季節だから、たまらない。
お、カニも忘れてました!冬はやっぱし、カニっすよね。カニ!

・・・でも、海老だけは勘弁。。

そんな気持ちになってしまう一作です。
もう、ストーリーなんて説明する価値があるんだか無いんだか、くらいのB級さ加減で目一杯。
***
しがないパブをやっている元ボクサーの中年オヤジ。ぱっとしない日々の中、体長2mの巨大エビが居るという話が舞い込む。巨大エビをアマチュアボクサーと闘わせる様子をテレビ局で放映すれば一儲けできる、と企むが・・・。
***
まあ、あらすじはこんなもんでいいでしょ。
それにしても、毎度毎度イギリス映画には、「フル・モンティ」もそうなのだが、「覇気の無いショボくれた中年親父に夢を」という気概(?)が感じられます。
そういえば、「フル・モンティ」は「リストラ親父の負のエネルギーから、中年男性ストリップへ・・・」という流れがあり、『現実をやむなく諒承し、少しでも改善に向かいたい』という、非常にリアリティとほろ苦さに溢れた作品でした。これが、パクリ先の「ウォーター・ボーイズ」だと、葛藤も煩悶も無いものね。「男子高校生の有り余るエネルギーを、男のシンクロに!」という、ある種のポジティブさや、積極的な選択ぶりが有りましたよね。
細かいプロットについては、「ウォーター」は「フル・モンティ」のパクリなんですが、やはり、清涼感・もう一度観たい感は「ウォーター」のほうが強い感じがします。

あ、「えびボクサー」の話でしたね。
ストーリー自体はあまりにも、あまりにも、、、なので、まあ、ほんとにやることの無い方、ご覧ください。
(・・・但し、ご覧になった後、「えび」をお召し上がりになれなくても、当方は一切関知いたしません。)

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November 01, 2004

「10 things I hate about you(恋の空騒ぎ)」

10things.jpg

「『嘘(ニセモノ)から出た真実(ホンモノ)』を追求する」のが、僕の今年のテーマ。

嘘もつき続けようとすればそこに真摯な姿があるのかも知れないし、嘘のベールを剥がした最後に残るものは何か、また、ニセモノは薄っぺらなホンモノを時に乗り越える力があるのではないか、と思っている。善悪二元論的には、「ニセモノ=悪」「ホンモノ=目指すべき善」のように見えるのかも知れないが、そんな世の中は取り付く島がない。
ゴミの山からダイヤの原石が見付かることもある、というのが僕のてきとーなイメージであり、ニセモノの僕にできる、せめてもの自己肯定の方法なのかも知れません。。

さて、それはまあ、良いとして。(以下、ネタバレ有!)

本作はシェイクスピア「じゃじゃ馬ならし」を現代劇に仕立た痛快恋愛映画。
ラブコメ禁止令を己に課して久しい僕ですが、いや、この爽快感は伝えねばなるまい。シアトルの美しい風景と、一風ひねった恋愛模様がまた素晴らしい。
「お金を貰って、美人だけど癖のある学校一の嫌われ者の女の子を口説く。しかしそのうちに、お金も賭けも関係なく本気にのめり込んでいく」こんな設定は実にラブストーリーの定石のようにも思える。そういえば、昔のラブコメなんて、「反目し合ってた男女が、次第に相手の意外な良さを発見し打ち解けあう」ってな話ばっかりだったような気がしますが。。

わたくし的に一番なのは、主人公ヒース・レジャーが校内放送を使って、グラウンドで愛を唄い告白する場面。
いやあ、、、見ているこっちがこっ恥かしくなる、、けどカッコイイ。ああいう告白をされてみたいって思う女の子は、意外に少なくないと思うが。。
しかしこれって、やり手が変われば、カラオケソングで愛を叫ぶ間抜けな兄ちゃんになっちゃうんだろうなあ(少なくとも、僕がやったらかなーり間抜けである)。。

見終わった後に、「恋したい、こんな素敵な恋してみたい!」なんて、ちょっと思ったりもして。・・・なんで純情揺さ振られているんだ、、俺(恥)

ヒロインの妹役が着ているTシャツの「阪急電車 急行は速い(トリビアでも紹介されてましたね)」も含めて、一見の価値有りな一作。

誰にも恋していない日には、いかがでしょうか?

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September 13, 2004

「フレディ vs ジェイソン」

スポ根モノは、「努力が天才を乗り越える瞬間」に醍醐味があるのだと思う。

たいていの場合、才能ある者は努力家にとっての踏み台として登場することが多く、作品全体を通じて「かませ犬」的な存在として扱われるものだ。そうでないと、努力家のコツコツとした練習プロセスを描く意味がない。散々努力をした挙句に負けてしまっては、終幕のカタルシスも無いし、寝覚めも悪かろう。

・・・あ、そうそう、この作品はホラー映画でした。

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雄弁な天才肌フレディと、寡黙な努力家ジェイソン。

しゃべりも旨いし、ユーモアのセンスも抜群、服だって可愛いボーダーシャツなんか着ちゃってさぁ、ワンポイントの帽子もまた似合ってるぜ。そう、おいらはフレディがお気に入り。ブスっとしやがってジェイソンさんよぅ、悔しかったら、なんか言ってみろや、おい!

フレディはそもそも、夢に出てくるという設定自体、並外れた能力の高さを物語っているわけだが、加えて瞬間移動もできるちゃうし、身のこなしも軽いのなんの。あんなブンブンと大ナタ振るってるばっかしの、愛想なし芸無しデクノボーと比べられたくもないぜっ。(ジェイソンファンの方、ごめんなさい!!)
ま、両者のバトル(正確には、フレディvsジェイソンvsガキ共の三つ巴だが)の結果のほうは言わないでおきましょうか。。

以前レビューしたテキサス・チェーンソーは、観客の不快感を引き出すことに成功した、由緒正しいホラー映画だとすれば、本作はまるっきり爽快な後味でした。いやぁ、映画って本当にいいですねえ。わたくし涙をこらえるのに必死でした(←ウソ)
フレディちゃん、俺の夢でよければ、いつでもOKカモン!ウィットのある奴なら、ウェルカムだぜ。

・・・観終わった後に、ふっと思い出した。

「あ、そういえばこれ、ホラー映画だったっけ?」

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August 17, 2004

葦刈

新しいことを貪欲に吸収し洗練されていく女、古い場所に依怙地にしがみつき精細を欠く男。
映画「アニー・ホール」は、NYに住む男女の恋愛模様を、ウディ・アレンがペーソスとコメディたっぷりに語りつくしている。

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「僕を会員にするようなテニスクラブには入りたくない」と毒づく、一癖も二癖もある漫談家のアルビーをウディ・アレンが知的に軽快に演じている。一方で、ダイアン・キートン演じるアニー・ホールは田舎出の売れない歌手志望娘。
アニーはアルビーと出逢い、その励ましやアドバイスを受けながら、知性を身につけ徐々に成功へと近づいていく。次々に向こうからやってくる環境変化を積極的に受け入れたいアニーと、変わっていくことに背中を向けるアルビー。
「別れよう」とふたり同時に切り出し、離れ離れになったはずが、次第にアルビーはアニーへの未練をもたげる。別れた彼女の使っていた石鹸を持ち歩くアルビー。不器用で空回りばかりの男のプライドが痛々しくも、そのぎこちなさには、何処かしら共感できるものがある。あ、俺が男だから?

ふと、平安時代は「大和物語」の『葦刈』という話を思い出した。
摂津国に住む夫婦が、貧乏のためにいったん離別し、それぞれに生計を立てることを決める。その後、都に上った女は貴人の後妻になり、男は難波の浦で葦を刈る人足となり乞食さながらの落ちぶれた様を見せる。
「君なくて、あしかりけり(=「葦刈」と「悪しかり」の掛詞)と思えども」と、あなたがいなくなって悪いことをした、別れなきゃ良かったと思う、と男は後悔する。もう過去には戻れない。

時代や場所が変われども、男と女の振る舞いは繰り返す。可笑しいほどに。

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July 31, 2004

「シンプル・プラン」-獲得と喪失-

オタクが、マスの心をつかむ様子には快哉を叫びたい。

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死霊のはらわたやXYZマーダーズなど、オタク垂涎の作品でお馴染み、サム・ライミ監督が化けたのは、いつからなのだろうか、、シンプル・プランを撮ったあたりからじゃないかな?
「スパイダーマン」でいまや、押しも押されもせぬ「(マスに対して)稼げる監督」の仲間入りをしたわけだが、「シンプル・プラン」ではその萌芽が見える。思いもかけぬ能力が手に入ったとき、それまでの静謐な、平凡なセイカツは脅かされる。これまでの静やかな生活と、新しく手に入った天恵との間で、主人公は煩悶する。

今回のスパイダーマン2も、シンプル・プランも、根底の悩みは酷似している。スパイダーマンのほうが、しつこいくらいに主人公の不幸な境遇を描いている。ま、その合間にも、サムライミらしい脱力な面白シーンが散りばめられてるわけだが。ともかくも、いつまでこの不幸は続くの、もうそろそろ勘弁してやれば?と思わせる。手売りのレコードで田舎町を廻る演歌歌手じゃないんだから。そんなに我慢させてドーするの?
しかし、鬱屈が長かった分、終幕のカタルシスは爽快だった。やはり、スパイダーマン3が期待されてるからかな。
おっと、あまり喋るとネタバレになるので止めときます。。

シンプル・プランも、思いもがけぬ大金を手に入れた主人公の悩みが軸になって描かれている。が、こちらは結局、爽快なエンディングを迎えられなかった。スパイダーマンは最後に「獲得」が期待される(つまり、ハッピーエンドが薄々期待できる作品な)わけだが、シンプル・プランの主人公に待っていたものは「喪失」だった。これ、劇場で見てたら、脱力してまっすぐ家に帰っちゃうね。
ともあれ、人は簡単にカネや思いもかけぬ出来事で変わる。けど、思ったほどは変われないんだなあ、としみじみ感じた。

この夏の暑きにこそ、シンプル・プランで涼感を味わってみてはいかがでしょうか?

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