オムライス
乾いたドア、
夜明け前の電車の音、
冷えきった珈琲、
あのとき呟いてた言葉の意味を反芻してみる。
希望だけが湯気の向こうに見えた。
ドラマ「野ブタ。をプロデュース」にすっかりハマッている今日この頃な訳ですが。
僕はどちらかというと松本大洋的な世界観というか、「男の子の世界」がどうにもよく解んなくて、まあ「青い春」とか「ピンポン」のような、ドツキ合いに近いある種のリビドーの発露が、カッコ良くも遠巻きにしか見えない感覚なのです。
思えば、小中学校の頃の昼休み。サッカーボール抱えた男子を尻目に、教室に残って男子1人、女子に混じってフルーツバスケットしていた軟弱なオトコです。三つ子の魂、ちゅう奴かしら。。
さて、「プロデュース」といえば、積年の思いで僕が演出してみたいドラマが有るなあ。以下、妄想ですが。
+++
●燃えよ剣●
オトコの勝手な論理が昔から大嫌いで、特に女の子のことを「おネエちゃん」とか呼ぶ輩が居たら、露骨に言葉遣いから訂正させるフェミニストです。僕は。
そして、司馬先生もまた、非常に側面的な女性観というか、懐古的な枠組みの中では正しいとされた女性観を以って、こういう武家モノ時代モノを描いてますね。しかし実際、僕が好きなのは多摩時代の歳三の姿でして、あの府中の夜祭でのシーンとか、艶っぽさは流石だなあ、、と思う。あの辺を中心にドラマにしたいですね。
●今昔物語「比叡の僧、虚空蔵菩薩の力を借りて、、、」●
今は昔、比叡山に修行する若僧が居りました。学問の志は持っていたものの、「学問しなきゃ」と法輪寺の虚空蔵菩薩に祈るだけで結局は学問しないままだった。ある日、寺からの帰りに日が暮れてしまい民家に宿を求める。そこで出遭った美しい寡婦に恋をし夜這いするのだが、「お坊様なら法華経くらい念じられるようになってからおいでください」と断られる。
僧侶は二十日余りで法華経をそらんじ、再び女の許へ赴くと、「法華経をこんなに早く覚えられるのだから、修行して立派な学僧になってから来てください」と言う。一念発起した僧侶は3年の間修行に励み、比叡山でも名声轟かせる学僧になる。三度、女の許に行き、ようやく思いを遂げようと添い寝するが、道中の疲れからそのまま寝入ってしまう。
ふっと目を覚ますとそこは寒々とした草原。狐狸に騙されたと!思った僧侶は法輪寺の虚空蔵菩薩の前で眠る。夢に出てきたのは虚空蔵菩薩。「今夜のことは狐狸の類ではない。お前は知恵を得たい、学問を見につけたいと言いながら、怠けてばかりであったので、わしが女に身を変えて、学問に導いた」と。
・・・なんともいい話じゃないか。
●更級日記●
国司に任官していた父とともに上総国で育った菅原孝標女。13歳になり、父とともに都に戻るところから話はスタートする。少女時代、源氏の世界、物語絵巻の世界に想像を膨らませ、物語の世界への憧憬の部分がとても生き生きとしている。自分にも光君のような白馬の王子(いや当時だから牛車の王子だな)は現れるか、乙女心は疼く訳だが・・・。
大好きだった姉との死別、未婚のまま姉の遺児を育てた二十代。そして三十代でようやく結婚したのはちょっとイケてない中流貴族。子供には恵まれたが、夫に信濃国司の任が下るも京に残る。同年夫とは死別。孤独のうちに過ごす中で、次第に仏に救いを求めていく老いの日々。
+++
きわめて本は読まないほうだが、心に残るいくつかの作品は、こうして何か形にしてみたいな、、などと有らぬ妄想を抱かせるものですね。。
それが、誰かをたばかろうとする何かであれ、自分を楽にする何かであれ、僕らは色んな形で嘘をつく。
嘘も許されないような世界は、窮屈過ぎてとてもではないが僕は住みたくなくて、ちょっと位汚れていても、そんなものを気に留めずに過ごして行けることの方が、余程豊かに生を実感できるんじゃないかな、なんて思ってる。
こう書いてると、なんだか自分がちょっとしたリアリストで嫌な奴に思えてきたけど、嘘を考え嘘に塗れている時の僕はきわめて、ロマンチスト的な幻想に駆られている気がしている。自分としちゃあ、嫌じゃない。
冬の持つ虚構が僕には心地良くて、この街角で掛かるジャズにも、滲むペン先のインクにも、一片の虚構が垣間見れて、それが良いんだ。
・・・僕には、見逃していることが未だ幾つも、あるのかも知れないけど。
十数年振りくらいに、マジメに筋肉少女帯を聴いてみた。
リンドバーグⅡのあの曲、あの歌詞がどうしても気に懸かって、街のレコードショップを廻る。
アクセル・ローズ見たさに、ガンズのミュージック・ビデオを探しまくっちまった。
佐野元春に久々に涙してしまう。もちろん、「ロックンロール・ナイト」で。
少しばかり早足だったけど、あれやこれや、僕は十年前を歩き回った。路上を、そして、夢の中を。
聴いた上で、「これが仕事に使えるか?役立つか?」などという問いが、とんと出てくる気配のない自分が誇らしかった。これで良いんだ。
Life is comin' Back!
僕の住む街は、夜でも喧騒が絶えなくて、それは深夜まで煌々と、エスニック・ディッシュの店灯りから漏れる賑わいからも明らかなんだけど、それを見るにつけ、自分がこの街にいる正しさを確認するような気にもなる。
時は得てして残酷だけど、優しいところもあるじゃん、と思う瞬間。
ゆず紅茶に心は温まるけれど、僕には喉を軋ませるコカ・コーラのほうが、未だ、良い。
Avril Lavigneの"My Hapy Ending"に、訳もなく、涙が出そうだ。
まだ、始まってない、これで良いんだ。
仮にそれが虚構だとしても、薄っぺらな現実に如何ほどの意味がある?
あちら岸に泳いでも渡れぬ浅瀬より、アルコールの川に溺れているほうが心地良い。
道化は道化なりの、プライドがある。
色褪せた地球儀なんか眺めてたって、そこには何もないってば。
・・・ほんとは、解ってるでしょ?
今宵も、夢のバスを待つよ。
同じモノを食って、同じ服を着て、同じ景色を観る。なのに、どうしてこんな視点を持てるだろう。
矢沢あいの才能には、ほんとに驚かされる。
ちょうど1年前のコラムでも、矢沢あい「NANA」を取り上げたが、いよいよ映画も公開されるし、ますますNANAの支持層が広がっていくように思えて、楽しみでしょうがない。
「天使なんかじゃない」のときから巧みだった複数のキャラクターの心情操作に加えて、本作では「当たり前」の風景を再解釈して、別の意味づけを提示する力がまた高まったように思える。まあ、僕のミソッカスな薀蓄など、どうでもいい。
見慣れた風景をどう観るかで、心のありようなど変わるもの。
「新しい」とは、そういうことだ。
スタンドマイク一本挟んで、緊張と弛緩を自在に操る漫才師っていう商売、ほんとに凄いと思う。気の狂いそうな作業や内面の苦悩を微塵も感じさせずに、「笑い」という高等な感情を引出すんだから、まさしく異能の為せる技なのだろう。
ハリガネロック。
関西で一世を風靡した後、東京に乗り込んできた漫才師であり、NHKの「爆笑オンエアバトル」の黎明期を牽引してきた彼らだが、先駆者であるほどに「バカ売れ」はしていない。掛け合いの妙と言い、間の作り方と言い、畳み掛け方と言い、その技量には圧倒的なものがあるのだが、どうやら露出の仕方から考えても、昨今の「お笑いブーム」の波は彼らを通過してしまったように見える。
まあ、軽薄なお笑いファンに、安っぽく「消費」されるだけの芸人で居て欲しくはないのだが。
このハリガネロックの背のちっこい方、ユウキロックのブログがまた面白い。
33歳という年齢の親近感もそうだが、『お笑い』を披瀝することが生業とは思えないほど、苦悩を赤裸々に綴り、しかして潔い。ブログを観てさらに僕は彼らのお笑いに興味を喚起された。
彼らは今年でコンビ結成10年。年末のM-1グランプリに出られる最後の年だという。
人生やってたら、勝たなきゃいけない場面がある。
目の前の様々な問題や課題をひとつづつクリアするのも良いけれど、より大きな問題・上位の課題をクリアすることで、小さな課題など吹っ飛ぶ瞬間がある。恋も、名声も、誇りも、信頼も、静謐な心も、自分自身も、M-1で結果を収めれば、ひょっとしたら全部いっぺんに手に入るかも知れない。
-raison d'tre-
スタンドマイクが、彼らの存在を証明する。
僕も、頑張ってみたくなった。
中学生の頃、司馬遼太郎の「燃えよ剣」を読んだ僕は、すっかり新選組に、土方歳三にノボせあがってしまった。「漢(おとこ)」たるもの、「武士(もののふ)」たるもの、かくあるべし、とね。
当時、僕が解らなかったエピソードがある。
薩長との鳥羽伏見の戦いを前にわずかの休息日。鬼の副長として恐れられていた土方が、隊士に向かって言う(台詞は甚だウロ覚えですが・・・)。
「諸君、私に3日、休みをくれ。私には女がいる」
歳三は以前より相思相愛だったお雪と旅をし、3日間の「夫婦ごっこ」を楽しむ。
中坊の僕に、こんな男と女のエピソードなど解る訳もなかったが、後年、これはとても美しい場面だと思うようになった。非常にドラマティックだし、刹那に生きる男の美学としては、こんな恋愛にこそ憧れるもんだ。
が、知人はこういう。「司馬遼太郎的な女性観はどうも、好きじゃない」
続きを想像してみる。
刹那の夫婦ごっこを楽しんだ後、歳三は心おきなく死地へと赴く。転戦を重ね、北の果て函館は五稜郭で命を落とす。
一方、お雪はどうしたのだろう。歳三の訃報を聞く。そもそも、そういう男だと解っていて愛慕した訳だから、そこは諸事覚悟の上だ。しかし、その上で、たった3日間の思い出を胸に死ぬまで生きていける。武士の妻とはそうしたものだ。
・・・とでも司馬先生はお考えなのだろう。
ある意味で、男性側から一方的な理想の女性像を押し付けているのかも知れない。それにそもそも、どんなに美しく描いても、ひどく残酷な事実ではある。現実は、男と女は、こんなもんじゃなかろう。
みじめったらしくて、未練がましくて、せいぜい精一杯格好を付けて、お互いの臓物を曝け出し合って、老いや病や煩悶に向き合い、、、そんなもんじゃないの?
思い出があるから生きていける。
ああ、確かにそうかも知れないね。だけど、逃げ込む先が思い出しか無いのだとしたら、そんなに残酷でつまんない仕打ちはない。目をつむって、また開いて、それで何の景色が変わるんだ?酒呑んで、紛らして、酔いが醒めたら人生は何か変わってるのか?
抜け殻のように思い出にしがみ付くなんて、それがたとい女の人生であっても、男の人生であっても、僕はごめんだ。
ハカイダーは4人集めてガッタイダーになっても弱かった。けれど、OLさんを4人集めたら・・・。
土曜の午後、行き着けの喫茶店の指定席に陣取った瞬間、不穏なオーラが。
軽薄で他人の噂話が大好きな僕としても、こういうシチュエーションを客観的に聴くのはたまらなく楽しい。以下、会議要旨を箇条書きで示していく。
+++
■仕事の話
・呑み会はウザい。会社の人間と呑むのは面白くないので、いつも時計をチラチラと気にしている。
・仕事仲間とよく行くのはチェーン店型の居酒屋。2時間制(1時間半目でラストオーダー)なので、だらだらと呑まない点が良い。
・職場には正社員の女子があまり居ない。派遣社員の女性は可愛い子が多いので、色々と焦りを感じる。
・同僚のOLはカツラらしい。髪をセットする手間が省けるのだという。
■教育の話
・職場に最近、若手(特に男の子)が入って来ない。若いっつっても30代だそうだ。
・先般、隣の部署に22歳・ウォンビン似の男の子が入ったという噂を聞き、部署のOL総動員で見学に(ウォンビン似はタマッたもんじゃないな・・・)。
・化粧する喜びを思い出している日々。いかにして接近し、教育しようか現在、算段中(逃げろ、ウォンビン、逃げろ!)。
■最近ハマッているドラマの話
・月9にハマっている。妻夫木くんがカッコいいそうだ。信じられないという反応も。
・電車男が面白い。けれど、リアルであんなに奇妙なヒトにはハマるはずがない。
・女系家族、高島礼子の演技が怖い。(あんたらも怖い)
+++
ぜんぜん帰る気配もなく、いまは近所の馴付かない犬の話を始めている。
まあ、OLさんの話を耳ダンボになって書き留める僕も僕だ。
が、こういう話が日常、いろんな場所でいろんな時間に行われているんだろうな、、と思う。そして、女性社員が大勢を占める弊社でもきっと・・・と思うと、瞬間、ゾッと背筋が寒くなった気がした。
ぜんぜん美味しそうには見えないんだけど、これ、米国人なら垂涎しちゃうのかな・・・。
アメリカの通販番組を見てると、どうにも不味そうな製作物ばかりが登場するので、これも一つの才能だなあ、と薄らな感心さえ覚えるわけですが、それにしても、アメリカのお菓子!
あの大雑把な分量管理と工程管理を観ると、それだけでげっそり感満点。
たしかに、バケツみたいなカップ抱えてアイスを食う国民だし、、けど、ですよ。
ケーキはただ甘けりゃ良いってもんじゃない、ジャリジャリした砂糖の食感は勘弁です。デカケりゃ良いってもんじゃない、あんなに無駄にデカイと食欲にも影響アリです。色と盛り付けもなんとかしてください、原色は使わないで欲しいっす。
「1日1ケーキ」を実践し続けている僕ですが、米国でだけは甘味を口にしません。健康になりたかったら、アメリカに行くべきだな、俺。
ともあれ、この大雑把こそがアメリカの良さなんだろうな、とちょびっと感じた。
悲しみにうなだれる 君を前にして
そうさ何も出来ないでいるのが とてもつらい
せめて君の為に 歌を書きたいけど
もどかしい想いは うまく歌にならない
今 書きとめたい歌
君に捧げる ラブ・ソング
-岡林信康「君に捧げるラブ・ソング」
+++
午前3時過ぎの溜息。
何かを書きたいんだけど、書くためには整理することが多くって、なかなかキーボードを打つ手が進まない。
書くというある種の生産活動に真面目に取り組むなら、
気が狂うことも辞さないくらいの気概が必要らしいのだが、なにぶん、浮気な性分なのか、一つ事に狂うほどには熱中も出来ないし、そもそも狂うような性質でもない。
・・・だけれども、書きたい。
順序が逆だけど、いま、狂っちゃおっかな。
編み上がったマフラーの糸がほどける様に、冷えた紅茶をも一度温め直すように。
午前3時には素直な自分が居る。
学校教育を題材にした今期のドラマが面白い。
TBS「ドラゴン桜」と日テレ「女王の教室」である。どちらも、主人公が型破りな教育の方法論を持ち込み、生徒との対立・違和感を超克しながら達成へと向かっていく様を描いている。
重要なのは、2つのドラマに通底するメッセージである。それは大雑把に言えば、「現在の日本はもはや平等とは言えず、そのような幻想は捨てるべし。優位者に搾取・支配される側に成りたくなければ、勉強しろ!」ということである。いやはや、なんとも解りやすいアジテーションでございますこと。だけど、ある種の真理も有る。
誤解を恐れずに言えば、ひと昔前の教育は「優秀なレイバー層」を多く輩出することが求められていた。ここでは、右肩上がりの成長というある種の「大きな物語・ユートピア幻想」が支配的な空気だったわけだし、その物語に則って、誤謬無く処理できる能力こそが重要であった。実はこの構図自体も、被支配層(こういうコトバ遣いは誤解を受けそうだが・・・)から観たメリットそのもので有った。
しかし今や、物語は崩壊してしまった。
代わりに頭をもたげて来たのは、「意識的・自覚的に生きなくてはいけない」焦燥である。同時に、被支配層が代替わりを迎える中で、社会の有力なポストは新たな層の参入を認めない強固なものへと、緩々変わっている。
佐藤俊樹が「不平等社会日本」でしきりに述べているのは、こうした社会が閉塞感を生むことへの危惧だったりする。
今頃になってこういう問題をドラマで取り上げるのも、なんともマスコミの鈍感っぷりが笑える訳だが、しかし、そのメッセージを出すこと自体は重要だと思う。一方で、こういうドラマやったって、世界は変わらないという諦観も僕の中には有る。毎回ドラマの終了後には、クレームが絶えないという。いやあ、眼が開いてても、見えないものってあるんですな。
このドラマがターゲットに据えている、啓蒙(敢えて「啓発」ではなく「ケイモウ」と書きたい)したいと思っている層はまさしく、いちいち電話しちゃうような「踊らされる人々」なのだから。
あ、さて、
職場の同僚曰く、「インターネットにはある種の平等性がある」という。先に挙げた階層化する社会の中で、ある種のリベンジ・逆転をしたいなら、新興の軸・枠組みの中で戦っていくべきだということであろう。非常に明確なソリューションとしてこれを一定度、支援したい(一方でインターネット社会にも、リアルの枠組みが持ち込まれ、そこで従事する人間のプロファイルにはやはり、「selected」な人間が多いわけだが・・・)。
階層化の問題に関しては、僕もそれなりに一家言持っているつもりだし、教育が重要なキーを握るものという考えは揺るがない。だけど、まずは、今期のドラマ(制作者)のお手並みを拝見することにしておきたい。
ちょっと高踏ぶっちゃったかしら?
+++
「パンが無ければ、ケーキを食べればいいじゃないの」
-Marie Antoinette
観て、ドキっとした三十代は僕だけじゃないはず。
癖のあるエピソードの粒を、全体的にお洒落なタッチで纏め上げちゃった。たいしたパワーです。他のサイトが散々誉めているのでしょうが、とにかく脚本も構成も素晴らしい。邦画と2時間ドラマの違いもよく解らない僕でも、これは映画じゃないと描けないね。ハッキリ解る。
思えば、僕らは因果な時代に生まれ落ちた。
最悪の困った事態には誰かが救いの手を差し伸べ、颯爽とヒーローが現れてにっくき敵を蹴散らし、王子様やお姫様とは必ず何処かで出遭えるものだと思ってる。眠っている才能はいつか勝手に開花するものと夢見てる。
・・・んなわきゃーーねえ。
偶然も運命も、口開けてたって来る訳ないだろ。蒲団被ってたって明日は来ないし、窓を開けなきゃ陽は見えねえ。“ある日突然”、“いつかどこかで”なんて待ってたら、日が暮れちまうんだから。
夢が無けりゃあ生きていけないのかも知れない。けれど日常を積み重ねたとき、そこには、下手な夢なんかを遥かに凌駕するものがあるはずだ。
偶然を描かないドラマなのに、ずいぶん良い夢を見せて貰いました。ご馳走様。
恥ずかしながら、この国に生を受けて30年。
一度も、野球をやったことが、無い。
けれど、この映画を観た後は、バットとグローブを持って駆け出したくなっちまったよ。
いやあ、酷い、酷い、ほんとに素晴らしく酷い感動映画だ。こっから先はネタばれになるのだろうが、まあ、観るひとなんて居ないだろうから良いやね。
死んだはずなのに生まれ変わるナイン、主人公が必死に編み出した魔球など全く使わない、プロセス無視のクライマックスシーン、名台詞の数々(「てめーらには教えてやんねー!糞して寝ろッ!」 )、、。
・・・実に、漫☆画太郎先生の無軌道な原作に忠実だあ!
感動など誰も期待してない映画だけに、ここまで監督が下らなく作ってくれると良い。真面目に下らなく作るってのは、すっごい高等なテクニックだと思う、いや、愛情の表れだと思う。感動した!
それに引きかえ、実写版「デビルマン」ときたら。。
電車内、目の前に立ってた男子中学生3人組の会話が面白かった。
「なんかさあ、最近の番組ってつまんないよね。芸能人がお祭り騒ぎして、必死に盛り上げてるけど、内輪受けって感じ?正直寒いし。」
僕は内心、『だったら見なきゃいいのに・・・』と軽く突っ込みを入れつつ。
しかし、チューガクーセーにも見透かされる位に、現在のテレビには何かしらつまらない要素があるのかも知れない。やや、視聴者のメディアに対するリテラシーが上がったのかも知れない。
いまや、TBS夜のニュース番組のあのおじさんの発言が偏向していることなんて、視聴者は皆知ってるわけで。しかもゲストときたらサヨクで鳴らしたちょっと昔の運動家崩れみたいな連中。テレビの中から香ばしい薫りがしそう。一方、フジテレビの休みの朝には、なんとも勇ましくも隔世の感のある豪傑君どもがわんさか喋くっている。汗の匂いがなんとも清清しい。
まあ、簡単に言えば、制作者側の意図が透けて見えたり、報道局の持つカラーがニュースの論調や取り上げるテーマの選択に少なからぬ影響を与えることくらい、今や誰でも解っているわけ。
・・・話が逸れてしまった。
そう、ふっとこういうことを考えたのは、フジテレビの丸一日がかりの特番を見ていて、である。
そもそも僕は、お祭り色の濃いバラエティ番組が嫌いじゃない。その昔の「俺たちひょうきん族」や「夕焼けニャンニャン」なんかは、お祭り番組として実に折り目正しいものだったし、リアルタイムでは知らないが、「コント55号の裏番組をぶっとばせ!」も今にして思うと、一世を風靡した理由には頷ける。
思い返せば僕は選挙特番なんかも大好きで、1986年の衆参同日選挙などは、小学校を早退してテレビにかぶりつきだった。別に政治の中身に興味なんて有る訳がない。ただそこに、「祭」を見ただけなのだ。
けれど、メディアの世界は確実に多様化してきているのかも知れない。少なくとも、祭りを楽しむ心性において。
日テレの「ミンナのテレビ」にせよ、フジの「25時間テレビ」にせよ、制作サイドには、「俺たちが面白いと思うものを作れば、視聴者が喜ぶ」という図式が色濃いのだと思う。それは確かに重要な発想ではあるにせよ、時代の趨勢っちゅうものを認めにゃいかんのじゃなかろうか。
正直、よそのガッコでやってる文化祭を観に行ったような感覚な訳です。我褒めや身贔屓を繰り返す様を、視聴者はどう楽しんだら良いやら、ちょっと困っちゃう。おじさん走らなくてもいいから。金粉塗らなくてもいいから。同じ祭りやるなら、もちょっと、スマートにやれないかなあ・・・。
それにもはや、テレビの世界は時代遅れなんですよ。周回遅れ感が痛々しい。
テレビに取り上げられた頃には、世の中の一定層(特にインターネットやってる人間)には周知明白の事実になっちゃっていることが多い訳です。インターネットは信頼と情報の確度を引き換えに即時性を選ぶメディアだから、まあ、当たり前なんだけどね。
極論すれば、僕らは「じゃあ、観なきゃ良いじゃん」な訳だけど、それでも起死回生の方策を含めて、テレビメディアは真面目に「面白さ」ってことが何か、を再定義した方がいいんじゃないかな、と思ったりしました。
どうするよ、お祭りバラエティ。
『むかしゃ、新橋のガード下、ピカピカ一枚握りしめたら、魔法が使えたもんだ』
安吾は確か、こう言ってた気がする。
そして今日も僕は、魔法のあわいを味わっている。缶ビールたった2本で。
ひとり身のせむし男が、週末の夜に、酒場にも行かずに呑む酒も、まんざら悪くない。
十年前、気でも狂ったかのように聴いてたのは、やっぱりビートルズで、パスト・マスターズは良い。
魔法が解けるのがヤなもんだから、次のボトルに手を伸ばす。
まだ酒の味もわからないティーンの頃に、失恋を紛らして呑んだヤケ酒の苦い味なんて、もう舌先にすら残っていない。
酒が美味いだなんて言いたくないけど、随分、遠いとこに来ちゃったのかもね。
渡さん、今日は何処で、飲ってるのかな。
オトコたる者、人間たる者、何某かの痕跡を世に残さねばならぬもの、と思っていた。
・・・この表現は過去形だ。
僕は小中高校時代を通じて、その時間のほとんどを生徒会活動に捧げていた。いわゆる「公共」の概念が人一倍強かったように思う。
今となってはよく覚えてないのだが、テレビで政治と代議士を扱ったドラマをやっていた。当時小学生だった僕は、何処か思うところがあったのだろう、奇しくもそのドラマの翌日に有った学級委員長選挙に立候補した。どちらかというと人の後ろに回りたがる自分を、どこか変えたい、と思ってたような気がする。無選挙で委員長になった。
中学は、マンモス校だった。昼休みになるとタスキを掛けて、全クラスを回る。2週間の選挙活動だ。1500名の前でのスピーチ、48名立候補して10名が生徒会役員に当選する。なかなかの難関だ。
お蔭様で、生徒会役員時代、僕はほとんどの集会を参加者側で見たことが無かった。文化祭や体育祭、僕はたいていの場合、舞台正面で何が起きているかを観たことが無かったように思う。
僕は何か何処か、「他人のために汗を掻きたい」と思って生きてきた。それがどんなにワザとらしく自己満足だとしても。
浪人生活を余儀なくされる中で、僕はすっかり内向きになっていた。
一人暮らしのアパートに戻ってきて、しおれた花になんとなく水をやる日々。やがて大学生になり、ひとと付き合い、友人と語らう中で、如何に「私」というものの存在を考えることが大事かと思いはじめた。
「修身斉家治国平天下」
己を築けて居ないうちから、天下国家のことを考えたって、しょうもないんだ。
時は流れて、いま、三十路になった。僕はまだ、自分の近くに居る誰をも、幸せにしていない。遅れてきた「私」はまだまだ、僕の中では十分に育ち得ていない。随分と遠回りをしてきたものだと思う。
そしてもうしばらくは、小学生中学生のあの頃抱いた気持ちは、取り戻せないのだろうな、と。しかして僕自身は、こんなウジったれた自分が嫌いじゃ、ない。もっともっと、変わりたいとは、思うけどね。
・・・ずいぶん、こっぱずかしいブログを、書いちまった。
緩々と、情報が僕らを蝕んでいる気がする。
インターネット社会が編み出す情報の、さらに言えば、個の持つ私の持つ心の有り様から臓物まで曝す行為を、歓迎する向きは決して少なくない。往還するものは、情報ではなく、「ヒト」そのものだ、という説。しかし、だ。
僕はそこまで楽天的には成れない。
由来、僕らの存在は目的そのもので、そこでは「情報を集積・統合」することこそ一個人が体を為す構成要件だった。
しかしどうやら、このインターネットの社会の中で、僕らのありようが情報に弄ばれ始めてきたように思う。簡単に言えば、個人のありようは「情報の通過点・編集役」としてであり、そこには個人の中で積み上げられていく何かなどというモノは存在しえないのではないか、と、ふと思った。
いや、そもそもこれまでの知の有り様こそがいびつだったのかも知れない。
無名の人工たちが十年の歳月を掛けて構築した東大寺大仏、そこには誰が何処を構築したかという欠片すら残されていない。ただ、人工の汗と苦悩は、構築された作品を通じてしか感じ取れない(凡庸な僕には、感じ取ることなど、まず無理だが)。しかし後の時代になり、高名な仏師や名工と呼ばれる人物がその作品に銘を残すようになる。
時代は、また情報が匿名だった時代へと還りつつあり、僕らの存在も相対的に希薄化している。僕はこれは、ある種の構造的暴力なのじゃないかな、と思う。匿名的で緩慢な変化は、特定的で急速な何かの前で、いつも、見過ごされる。僕らが朽ち果てた先に残るモノが、その存在を通じて出来た何がしかの作品であれば、まだ良いのかも知れないが。
既に、「内なる恍惚の図書館」を構築したならば、それは幸いというものだろう。
だけど、情報は、知るという行為自体は、恍惚や征服も有るにせよ、知ることに伴う痛みや絶望だってある。僕のような弱弱しい人間には、逃げ込むべき「内なる図書館」を持つことすら、それが絶望へと口を広げている気がする。
それでも、境界線の先に、何があるかを見ざるを得ないのが性だと思う。
誰かと接し、愛し愛され、傷付け、煩悶し、そうして『構築』する可能性に、まだ何某かの希望を捨てきれない自分が、そこには、居た。
だいたい、何だってんだよ、深夜のあの時間に。
思わず、クレジットカード番号を入力して買っちまったのは、昔懐かしい曲を集めたCDコレクション。ふっと家に帰ってきて点けた通販番組、どの曲も微妙に懐かしく、酒で酔いどれた頭では是非も無く買ってしまう他なかった。
どうなんだろう、深夜の通販番組でやたら売っている名曲CD選集が商売足りうるのは、購入する側を、思い出や懐かしさのシャブ漬け状態にしておいて、買わせるってことなんじゃないだろうか。僕はそれに、まんまと引っかかってしまったわけで。。
+++++
今年のゴールデンウィークは、十年前に住んでいた街を歩く機会が有った。
地方都市の十年の変化は、東京のそれよりも顕著に見て取れる気がする。変わったもの、変わらないもの。街を歩きながら、iPodは思い出のメロディーをエンドレスで流している。思い出に浸るお膳立ては、すっかり整った。
思い出の欠片が、五感を通じて僕に入って来るのを待つばかり。
・・・だけど、不思議だ。何も懐かしくなんてない。
五感は最大に研ぎ澄ましたつもりだった。けれど、歩けども、歩けども、刮目すれども、舌の先ですら僕は懐かしさを解れなくなっていた。
ノスタルジーを理解できない不感症ぶりに、僕自身、若干の辟易を感じつつ。しかし、「まだまだ俺はやれる」と妙な確信にも満たされた瞬間だった。
+++++
虚勢じゃない、強弁じゃない。昔なんて過去なんて、せいぜい楽曲の中にしか存在しないんですよ。探したって、もう何もないんだから、そこには。主人公が不在のドラマなんて、見ても何も感じ取れるわけないだろう。
浮世にこそ、華あれかし。
この身は地上に落つるとも、僕は、久米の仙人にこそ、憧れる。
ひとの考える事というのは、何故に斯くも等しきものなのだろう。
+++
・散歩マスター の検索結果 約 945 件
・サンバマスター の検索結果 約 89 件
・トンボマスター の検索結果 約 43 件
・ユンボマスター の検索結果 約 9 件
・酸素マスター の検索結果 1 件
・サンボマスター の検索結果 約 133,000 件
(2005/5/22 Google検索結果より)
+++
やはり、本物は他を圧倒する。頑張れ、頑張れ!
自分の若さが、青さが、時折恨めしくなる。
三十にして、いけしゃあしゃあと「若さ」などと言っていたら、ネット上にうごめく十五の好奇心たちからは嗤われることだろう。けど、それでも、己の若き故に付随する様々な欲望や想いの一片が、恨めしく思える瞬間がある。
早く、早く、歳を取りたい。
いますぐ歳を取ったならば、失うものも多かろう。眼は霞み、耳は遠くなり、肌艶は消えて、足腰はたたなくなる。それでも、それでも、歳を取りたい。いま自分の心を支配する様々な苦しみやジレンマも、きっとなんでも無くなるだろうから。
梅でも見ながら、いつか心底の静謐が得られる日が来ることを、待ち詫びている。
けど実際には、歳を取るごとに欲望や怨念は澱のように滞っていくのだろう。そう、畢竟、欲望はヒトを突き動かすガソリンなのであります。どんなに否定しても、否定しても、否定したい欲が残ることには違いない。
・・・人間をやるってことは、とかく難しい。
「何を当たり前のことを」と言われるのかも知れないが、自分の人生は自身が決め、自身で生きることでしか決着が付かない。「誰かのために生きる」という美名に刷り込まれた寸分の欺瞞に、早く気が付かなきゃ。
恥を忍んで告白すれば、僕には、共依存のケがある。いや、間違いなく共依存症である。共依存については、次の話がわかりやすい:
共依存の人は、自分自身を大切にしたり自分自身の問題に向き合うよりも、身近な他人(配偶者、親族、恋人、友人)の問題ばかりに気を向けてその問題の後始末に夢中になります。(上記サイトより引用)
いったいどうして、こういう事になったのか自分でもよく解らないのだが、例えば僕は自分の時間をひとりで過ごすのが苦手である。何がしか一つ事に没頭するということができず、ついつい所在無さのほうが先行してしまう。あと、僕には強固な判断軸が無く、常にふわふわと現場対応的である。良い見方をすれば、権威主義みたいなものとは無縁の人間であると言えるのかも知れないが、一方でそれはポリシーの無さにも通底する。
共依存の人間ってひょっとしたら、何か目の前に起こっていることに対して、自分が介在することで進行するドラマのようなものを期待したり、感じたりするんじゃないかしら。アディクトしている自分に、馬鹿馬鹿しくもヒロイックに酔ってしまう、自分が出演するドラマ。
人生は、テレビドラマなんかじゃない。
何処にもシナリオなんて無いし、明日のことも解らない。今日この後ボクが確実に存在しているかどうかだって解ったもんじゃない。だからこそ、自分の人生を生きて、生き抜かなきゃいけないわけで、外界の何かを待つことにエネルギーを費やすような人生なんて送っちゃいけないんだ。そんな僥倖、来やしねえから。
『待つ』という行為にはドラマがある。
「ジョニーへの伝言(Pedro & Capricious)」「ばらの花(くるり)」「待ちすぎた僕は疲れてしまった(遠藤賢司)」、、、待つことをテーマにした曲ばかりを、僕は好きになる。けど、待つことで何かを得ることなんて、現実には中々無い。いや、それでも、待つことで疲弊しなければそれでも良い。けれど僕のいまの気持ちはそう、まさに、「待ちすぎた僕は、疲れてしまった」わけです。
『自己実現』なんて眉唾なコトバに力は無い。けれど、『Reconquest(レコンキスタ)』ならば解る。とりあえず今は、サンボマスターでも聞きながら、もう少しだけ、昔懐かしい町を、散歩してみます。
無くした自分を取り返しに。
++++
追記
++++
今回のブログでとり上げた「共依存」については、以下のサイトで簡単な自己チェックができるみたいです。ご参考までに。
蟻の行列ばかりを眺めていた昆虫博士・ヒデちゃん、鼻水を拭くもんだからいつも袖がピカピカだったタイちゃん、頼りない兄貴を支えるしっかり者の妹・ユカちゃん、小学生に入る頃の僕らはいつもつるんでいた。それはまるで20世紀少年のようだった。
隣町に抜ける竹薮から、ちょっとばかし脇に入った崖の裏に、僕らのひみつ基地は有った。小学校が終わるとすぐに、親や近所の小うるさいオバちゃん連中にバレないように段ボールやマンガ雑誌を山ほど抱えては、夕暮れまで時間を過ごしたものだった。
が、至福のときは続かない。折しもバブル経済前の時期、ほどなく僕らのひみつ基地も含めて、一帯は再開発の対象になった。近くにはショッピングセンターが進出した。子供向けの遊戯場やらゲームセンターに僕らが虜になるのにそう時間は掛からなかった。そして、ひみつ基地は名実ともに、存在意義を無くしてしまった。
自分たちで創意工夫しながら楽しくやっている場所を、オトナは平気で荒らしに来る。
いつの時代もそうだ。
+++++
僕は前々からNiftyユーザーなので、何の気なしにココログを使っている。こう言っちゃあ誤解を招くかも知れないが、ココログユーザーのコラムは面白い気がする。眞鍋かをりに伊原剛志、木村剛なんかも面白いことを書くなあ・・・と毎回グッときてしまう。著名人だけでなく、一般ユーザーのブログもこれまた凄く面白い。
・・・と色々紹介すると枚挙に暇が無くなってしまうが、まあ、古くはNIFTY-Serveやフォーラムを使っていたようなユーザーも居り、そもそも「表現」ということへの感度が高いひとが多かったのかも知れない。
そんなニフティは、昨年末にココログブックス・コンテストを開催することになった。そりゃあ、大抵のひとは、「あなたのブログが書籍になって、店頭に並びます」なんて甘言囁かれたら、目の色が変わります。そこまで興奮しないかも知れないけど、多少は期待しちゃうもんでしょ。
ところが選考過程やアフターケア等々も含めてニフティサイドへの不信感が募ることとなり、結果的には幾つかの優良なブログが閉鎖、移転ということになってしまった。
僕もそうだが、こうしてブログを書いている以上、何かしらを他者に伝えたいという願望がある。じゃなきゃ、自分ひとりで見る手帳にでもメモすりゃあ良いんだし。ひとの中に眠っている欲望をわざわざ引っぱり出すような真似をする以上、オトナはきちんとその落とし前をつけなくてはならないのだと思う。
「人気ブログには賞金を」「優良なブログは書籍に」
インターネットの功罪なのかも知れないけど、こういう個人の情報発信の商用化や、留まらないアフィリエイト・ブーム、なんというか、拝金主義のベールはこの国を何処まで包むのだろうね。
ああ、怖い怖い。
・・・年のせいなのか、どうなのか。
最近はどうにも、「ハマれる」ものが無くて困る。このままではザラザラとした不毛な三十代を続けそうだと、三十路突入三ヶ月目にして思う。ということで、昔はまったものから、自分のルーツを探ってみる。
今回のブログは、完全に俺の、俺による、俺のための備忘録じゃい!!
***
■小学生前半期(7-9歳:1982-1984):
・多くの子供がそうであるように、図書館にある怪人二十面相シリーズに嵌る。モーリス・ルブラン、コナン・ドイルを読み耽ったのもこの頃。目を悪くした。
・日本テレビ「笑点」は、この頃から見ていた。たぶん、深い意味は解らずであったろう。
・百人一首を百首覚え、天皇家の系図を初代から今上まで書いた。意味もなく暗記する癖があった。最初に覚えた歌は「もろともに(前大僧正行尊)」である。
・スポーツ方面の才能は無いものと、とっくに諦めていた。
■小学生後半期(10-12歳:1985-1987):
・京都から宮崎に転校。カバンが黄色いということで、全校中から注目を浴びる。卒業まで黄色いカバンを通した。
・子供向けの古典落語の教本を買ってきて、こども落語を始めた。近所の子供や婆さん連中に聞かせていた。
・「人間たるもの、他に影響をしなければならない」と思い立ち、転校早々、児童会に立候補。その後、卒業まで児童会役員。
・ちあきなおみ「喝采」、藤山一郎「東京ラプソディ」を口ずさみ、家ではクレイジー・キャッツの映画を見ていた。植木等的なスーダラ人生に、幼心にも憧れた。
・健康管理のため、毎朝5時に起きてマラソンを開始。持久走だけは得意になった。
■中学生時代(13-15歳:1988-1990):
・狙っていた中学に籤引き試験で落ち、不承不承地元の公立中へ。
・ルサンチマンを晴らすべく、1年生から生徒会役員に。自分が入試で落ちた中学校への対抗意識から、様々な行事や施策を展開。
・荒俣宏の「帝都物語」に触発され、オカルト研究会の「帝都会」を結成。風水だの、ヨリワラだの、タロット占いだの、色々と怪しかった。
・司馬遼太郎「燃えよ剣」に感動。新選組ファンクラブに入る。
・勉強は全然しなかったが、夜更かし癖が始まる。
・地元ラジオ局の番組「うまか情報局」にネタ投稿していた(当時大ファンだった地方局アナは、今ではキー局のテレビのレポーターで稀に見かける)
・中学校の放送委員会を生徒会権力で脅して、食事時に山崎ハコ「呪い」を掛けさせた。教師に殴られた。
・帝都物語のサントラを掃除時間のテーマ曲に。ヨハン・シュトラウスの「こうもり」など比較的まともな選曲だったように思う。
・小理屈をこねたり奇行が目立つ生徒だったため、中学の教員にはひどく嫌われる。ただし、対外的なイベントなどの実績が多少有った為、あまり表立って処罰は受けなかった。
・世は空前のバンドブームに差し掛かっていたが、民放2局しか無い田舎にはロック文化自体がほとんど入ってこなかった。イカ天見たかった・・・。
・なぜか、カイリー・ミノーグとか、デビー・ギブソンなんかも聞いていた。
・クラスの男子が昼休みにサッカーするのを尻目に、男一人で女子に混じってフルーツバスケットに参加していた。
■高校時代(16-18歳:1991-1993):
・深夜ラジオにはまる。大槻ケンヂのオールナイト・ニッポンを通じて、筋肉少女帯のファンクラブに。田舎の高校生のありようとしては結構マニアックだった。
・大槻ケンヂに触発され、趣味もずいぶん開花した。Emerson Lake & Palmer、The Doorsなんかを聴いていた。
・何を勘違いしたか、フォークに傾倒したのもこの時代。岡林信康、井上陽水、河島英五にはまる。
・まだ見ぬインドに憧れて、インド紀行本を色々と読む。オーケンの本とか、藤原新也とかね。
・この頃の関心は、「メジャーとマイナー」という事だった。いかにして、マイナーなるものがメジャーを凌駕できるかに興味があった。
・映画では、「ブルース・ブラザーズ」にはまった。正確に数十回は見た。
・湾岸戦争の様子を視聴覚室テレビで見ていたら、教師にこっぴどく叱られた。授業中だったのだ。「世界では戦争が起こっているのに、数学なんかやっとれるか!」と反論して、さらに叱られた。
・文化祭には命を燃やした。体育祭や水泳大会ではロクに見せ場がないからである。
・まったく勉強しなかったので、その後、大学受験に見事失敗。二浪する。
***
・・・ふう。。つまんねえ人生だな、オイ。これから何しようか思案してみます。。
中間テストの朝はいつも、不毛な光景が繰り返される。
「今日の日本史マジやばい。あたし、ぜんぜん勉強しなかったし。もうダメだぁ・・・」
はいはい、解ったから。まずはその目の下のおっきなクマを誤魔化してから喋ってくださいな。
へたくそな演技力ながら皆が皆、「如何に自分が勉強しなかったか」自慢を繰り返し、わざわざコミック本を広げる者まで出てくる始末。そのくせ、「もうダメだぁ」な子に限って、しゃあしゃあと成績上位者欄に踊っているものだ。
思えば僕の高校時代のテスト風景はこうだった。きっと、日本全国でこうしたことは日常茶飯に繰り返されていることだろう。なんだか笑えてしまう。テスト勉強なんて年中行事なんだからさ、何を大真面目にみんなで演技しちゃってるんだよ。。。
***
昨晩、気紛れに前職の同期会に行った。春にこういう会を催すのは良いもんだ。
連中は社会人7年目、概ね三十歳前後である。
大学を卒業する頃には皆、もうすでに個としてのアイデンティティが確立されていたわけで、それは7年経とうとさほど変わるものではない。しかしそれなりに皆、意識をするしないに関わらず、社会の中で己の生きようが何がしかに絡め取られそうになることに対して、自覚しているようだった。
ある者は衒いなく自分の将来のビジョンを熱弁し、ある者は人生一度切りなんだからと何処かのポップ歌手が裸足で逃げ出しそうなことを語り、またある者は自嘲の中にもある種の自尊心を隠せずにいる。小さなセクトを作って、「あたしたちってこんなに変わらないよね」というポーズを決め込むものも居る。
居酒屋のトイレに向かいながら、こう考えた。
『中間試験の朝のクラスって、こんな感じだったよな』、と。
めいめいが自分の役割を理解しながら、せいぜい果たせる演技をしているのだ。そこには求心力も遠心力もなく、ただ真空が有るだけ。或いは自分たちがその場に居ることが茶番であるとしても、僕らは自分がプロセスとして生きていること・生きたことをこうして数年に一度確認し合い、自身が確認したいということに過ぎない。
畢竟、そこで繰り返される言説の確かさと、「あたし、ぜんぜん勉強しなかったし」という不確かさには、ほとんど違いなんて無いんじゃないのかな。
***
さあさあ、良い子のみんな、寄っといで!楽しい紙芝居の始まりだよ♪
ホリエモン事変が一件落着したようだ。
僕は全く以って話題のニュースに疎いので、知った風なコメントすら出来ないわけだが、まあしかし、マスメディアに日々触れる人間として、何か一言言わねばなるまい。ということで、、
フジテレビも良いが、東京MXテレビはかなり良い。
“東京MXテレビ”
言わずもがな、東京都を放送対象地域とする独立UHF局である。略称MXTV。ライブドアは勿論のこと、下手したら「かどぅちゃんねる」よりも視聴率低そうなこの放送局(ちょっと言い過ぎか(爆))だが、なんというか、コンテンツは結構見所がある。
ちょっと前、関東のテレビっ子(こういう言葉も既に死語だな・・・)の中では伝説になった番組テレバイダーも、MXで放送されていた。(余談だが、僕はテレバイダーを見るために、土曜日は22時前にデートを切り上げていた位です、、)
水曜日ならば特撮の歴史的作品ウルトラマン、日曜日にはあの夏目雅子の名演光る西遊記、、こんな懐かし番組が、ふつーにやっている訳です。
アニメや特撮だけじゃない。視聴率の低さを逆手に(何処かで使ったフレーズだが(汗))、もう、モウロク爺さん達が言いたい放題な番組なんてやってるし。これがまた面白い。先週はいつものメンバーに加えて、吉村作治・西部邁・毒蝮三太夫の三人が加わって(こういう人選をできるってのが神業だと思うが)、もう収拾まったく付かない無法状態のトーク。
地上波の生温く無難な番組を見飽きたら、ぜひ、MXテレビを捻ってみてはいかがでしょうか?(東京以外の方、すみません!!)
つか、ホリエモンが狙ったりしねえかな、次あたり。
・・・有り得ねえな,,, orz
(また過去についてのクドクドか!というお叱りは感じつつも・・・)
----
対峙せぬ方が良い過去ってのが有る。
日々の彩りが鮮やかになるのも色褪せちまうのも、自分の意識次第だし、ひとは幾度だってそこから這い上がろう変わろうとする意図が有れば、何者にだって成れるはずだと思う。その深淵を覗こうともしないで、シタリ顔で腕を組んでても、布団被ってても、日々なんて何も変わらない。
現在を懸命に生きる覚悟を決めたひとにとって、自分が過去認定した場に生きる人間に会うのは止した方がいい、と思う。
それが意図的な出会いならばまず避けるべきだし、邂逅としてもあまりよろしくはない。現在を生きる覚悟のある人間にとって、過去は足枷のように自分を規定したがるものである。過去は回想の中に有るから美しいのに、出会ってしまえば現在のありようを損なうことにも成りかねない。
これについては、マキアベリの言葉をそっくり引用した方がいいのかも知れない。
「運命は時代を変転させるのに、人間たちは自分の態度にこだわり続けるから、双方が合致しているあいだは幸運に恵まれるが、合致しなくなるや、不運になってしまう。
私としてはけれどもこう判断しておく。すなわち、慎重であるよりは果敢であるほうがまだ良い。なぜならば、運命は女だから、そして彼女を組み伏せようとするならば、彼女を叩いてでも自分のものにする必要があるから。」(「君主論」運命は人事においてどれほどの力をもつのか、またどのようにしてこれに逆らうべきか)
話は脱線するが、老いってやつも人間にとっては、「衰え」ではなくて「進化」の一形態なのかも知れない。
ラマルクは進化の方向性を、単純な生物から複雑な生物へと常に一定の発展を遂げると考えたが、老いにより思索やモノの捉え方は一見固着化単純化するようでいて、その実、複雑な視点や決定のための諸要素が収斂されたと考えれば、これすなわち「進化」ということではないのだろうか。
・・・ガラにもなく、難しいことを書きすぎちまった。らしくないな。ということで、悪文をこれ以上連ねるのは止めにして、有名な歌の一節を以って纏めとしたい。つまり、
五番街で噂を聞いて もしも嫁に行って
いまがとても幸せなら 寄らずに欲しい
「五番街のマリーへ」
思えば、僕ほど過去に拘ったブログ書きも中々居ないのではないだろうか。
真面目に数えたことは無いけれど、小生ブログの単語使用頻度の上位は「過去」「ルサンチマン」「変化」辺りで埋め尽くされているんだろうなあ・・・。低温の魅力?いえいえ根が暗いだけですよって。
さて、以前に「過去はたたかいの対象」であるということを述べた。
(⇒ご参照)
もう少し付け足せば、これはどちらかと言うと、「自分が主体となって生産した、内心の持ちようで処理できる『過去』」というべきなのかな、と最近思う。過去は己が累々と築いてきたものであるから、己がある方向にシフトしたい・変わりたいという意思が有れば、「闘う」という選択肢は至極まっとうだと思ったからだ。
「闘う」なんて大仰な言葉を使ったけど、ほんの少しだけ自分の習慣を変えてみることや、新たな試みに首を突っ込んでみるだけでも立派な闘いだと思う。澱のように積み重ねた過去には、ボディブローで応酬だ。
とはいえ、「過去」は己一身で構築したものではない。
自分にとって重要な影響を及ぼす、空間や人間や事物がある。これを「対象としての『過去』」と仮に呼ぶならば、その「過去」からはどうすれば良いのか?「闘う」ことが必ずしも最良の策で無い場合がある。僕がここで考えたのは「逃げる」という策。
己が対象に直面して、十分に耐え得る地力を持ち得てないと思われる時には、闘わぬこともまた立派な策足り得る。無為ということではない、積極的に「逃げる」ということだ。
一個の人間が「変わる」という事には、或は「変わりたい」という意思には、時には他の何某かの阻害や精神的な圧力状況に遭うことも想定せねばならない。僕らが其処に対して真っ向から勝負を挑んで、どれだけの果実が得られるの
Recent Comments