オムライス
乾いたドア、
夜明け前の電車の音、
冷えきった珈琲、
あのとき呟いてた言葉の意味を反芻してみる。
希望だけが湯気の向こうに見えた。
ドラマ「野ブタ。をプロデュース」にすっかりハマッている今日この頃な訳ですが。
僕はどちらかというと松本大洋的な世界観というか、「男の子の世界」がどうにもよく解んなくて、まあ「青い春」とか「ピンポン」のような、ドツキ合いに近いある種のリビドーの発露が、カッコ良くも遠巻きにしか見えない感覚なのです。
思えば、小中学校の頃の昼休み。サッカーボール抱えた男子を尻目に、教室に残って男子1人、女子に混じってフルーツバスケットしていた軟弱なオトコです。三つ子の魂、ちゅう奴かしら。。
さて、「プロデュース」といえば、積年の思いで僕が演出してみたいドラマが有るなあ。以下、妄想ですが。
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●燃えよ剣●
オトコの勝手な論理が昔から大嫌いで、特に女の子のことを「おネエちゃん」とか呼ぶ輩が居たら、露骨に言葉遣いから訂正させるフェミニストです。僕は。
そして、司馬先生もまた、非常に側面的な女性観というか、懐古的な枠組みの中では正しいとされた女性観を以って、こういう武家モノ時代モノを描いてますね。しかし実際、僕が好きなのは多摩時代の歳三の姿でして、あの府中の夜祭でのシーンとか、艶っぽさは流石だなあ、、と思う。あの辺を中心にドラマにしたいですね。
●今昔物語「比叡の僧、虚空蔵菩薩の力を借りて、、、」●
今は昔、比叡山に修行する若僧が居りました。学問の志は持っていたものの、「学問しなきゃ」と法輪寺の虚空蔵菩薩に祈るだけで結局は学問しないままだった。ある日、寺からの帰りに日が暮れてしまい民家に宿を求める。そこで出遭った美しい寡婦に恋をし夜這いするのだが、「お坊様なら法華経くらい念じられるようになってからおいでください」と断られる。
僧侶は二十日余りで法華経をそらんじ、再び女の許へ赴くと、「法華経をこんなに早く覚えられるのだから、修行して立派な学僧になってから来てください」と言う。一念発起した僧侶は3年の間修行に励み、比叡山でも名声轟かせる学僧になる。三度、女の許に行き、ようやく思いを遂げようと添い寝するが、道中の疲れからそのまま寝入ってしまう。
ふっと目を覚ますとそこは寒々とした草原。狐狸に騙されたと!思った僧侶は法輪寺の虚空蔵菩薩の前で眠る。夢に出てきたのは虚空蔵菩薩。「今夜のことは狐狸の類ではない。お前は知恵を得たい、学問を見につけたいと言いながら、怠けてばかりであったので、わしが女に身を変えて、学問に導いた」と。
・・・なんともいい話じゃないか。
●更級日記●
国司に任官していた父とともに上総国で育った菅原孝標女。13歳になり、父とともに都に戻るところから話はスタートする。少女時代、源氏の世界、物語絵巻の世界に想像を膨らませ、物語の世界への憧憬の部分がとても生き生きとしている。自分にも光君のような白馬の王子(いや当時だから牛車の王子だな)は現れるか、乙女心は疼く訳だが・・・。
大好きだった姉との死別、未婚のまま姉の遺児を育てた二十代。そして三十代でようやく結婚したのはちょっとイケてない中流貴族。子供には恵まれたが、夫に信濃国司の任が下るも京に残る。同年夫とは死別。孤独のうちに過ごす中で、次第に仏に救いを求めていく老いの日々。
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きわめて本は読まないほうだが、心に残るいくつかの作品は、こうして何か形にしてみたいな、、などと有らぬ妄想を抱かせるものですね。。
それが、誰かをたばかろうとする何かであれ、自分を楽にする何かであれ、僕らは色んな形で嘘をつく。
嘘も許されないような世界は、窮屈過ぎてとてもではないが僕は住みたくなくて、ちょっと位汚れていても、そんなものを気に留めずに過ごして行けることの方が、余程豊かに生を実感できるんじゃないかな、なんて思ってる。
こう書いてると、なんだか自分がちょっとしたリアリストで嫌な奴に思えてきたけど、嘘を考え嘘に塗れている時の僕はきわめて、ロマンチスト的な幻想に駆られている気がしている。自分としちゃあ、嫌じゃない。
冬の持つ虚構が僕には心地良くて、この街角で掛かるジャズにも、滲むペン先のインクにも、一片の虚構が垣間見れて、それが良いんだ。
・・・僕には、見逃していることが未だ幾つも、あるのかも知れないけど。
十数年振りくらいに、マジメに筋肉少女帯を聴いてみた。
リンドバーグⅡのあの曲、あの歌詞がどうしても気に懸かって、街のレコードショップを廻る。
アクセル・ローズ見たさに、ガンズのミュージック・ビデオを探しまくっちまった。
佐野元春に久々に涙してしまう。もちろん、「ロックンロール・ナイト」で。
少しばかり早足だったけど、あれやこれや、僕は十年前を歩き回った。路上を、そして、夢の中を。
聴いた上で、「これが仕事に使えるか?役立つか?」などという問いが、とんと出てくる気配のない自分が誇らしかった。これで良いんだ。
Life is comin' Back!
僕の住む街は、夜でも喧騒が絶えなくて、それは深夜まで煌々と、エスニック・ディッシュの店灯りから漏れる賑わいからも明らかなんだけど、それを見るにつけ、自分がこの街にいる正しさを確認するような気にもなる。
時は得てして残酷だけど、優しいところもあるじゃん、と思う瞬間。
ゆず紅茶に心は温まるけれど、僕には喉を軋ませるコカ・コーラのほうが、未だ、良い。
Avril Lavigneの"My Hapy Ending"に、訳もなく、涙が出そうだ。
まだ、始まってない、これで良いんだ。
仮にそれが虚構だとしても、薄っぺらな現実に如何ほどの意味がある?
あちら岸に泳いでも渡れぬ浅瀬より、アルコールの川に溺れているほうが心地良い。
道化は道化なりの、プライドがある。
色褪せた地球儀なんか眺めてたって、そこには何もないってば。
・・・ほんとは、解ってるでしょ?
今宵も、夢のバスを待つよ。
同じモノを食って、同じ服を着て、同じ景色を観る。なのに、どうしてこんな視点を持てるだろう。
矢沢あいの才能には、ほんとに驚かされる。
ちょうど1年前のコラムでも、矢沢あい「NANA」を取り上げたが、いよいよ映画も公開されるし、ますますNANAの支持層が広がっていくように思えて、楽しみでしょうがない。
「天使なんかじゃない」のときから巧みだった複数のキャラクターの心情操作に加えて、本作では「当たり前」の風景を再解釈して、別の意味づけを提示する力がまた高まったように思える。まあ、僕のミソッカスな薀蓄など、どうでもいい。
見慣れた風景をどう観るかで、心のありようなど変わるもの。
「新しい」とは、そういうことだ。
スタンドマイク一本挟んで、緊張と弛緩を自在に操る漫才師っていう商売、ほんとに凄いと思う。気の狂いそうな作業や内面の苦悩を微塵も感じさせずに、「笑い」という高等な感情を引出すんだから、まさしく異能の為せる技なのだろう。
ハリガネロック。
関西で一世を風靡した後、東京に乗り込んできた漫才師であり、NHKの「爆笑オンエアバトル」の黎明期を牽引してきた彼らだが、先駆者であるほどに「バカ売れ」はしていない。掛け合いの妙と言い、間の作り方と言い、畳み掛け方と言い、その技量には圧倒的なものがあるのだが、どうやら露出の仕方から考えても、昨今の「お笑いブーム」の波は彼らを通過してしまったように見える。
まあ、軽薄なお笑いファンに、安っぽく「消費」されるだけの芸人で居て欲しくはないのだが。
このハリガネロックの背のちっこい方、ユウキロックのブログがまた面白い。
33歳という年齢の親近感もそうだが、『お笑い』を披瀝することが生業とは思えないほど、苦悩を赤裸々に綴り、しかして潔い。ブログを観てさらに僕は彼らのお笑いに興味を喚起された。
彼らは今年でコンビ結成10年。年末のM-1グランプリに出られる最後の年だという。
人生やってたら、勝たなきゃいけない場面がある。
目の前の様々な問題や課題をひとつづつクリアするのも良いけれど、より大きな問題・上位の課題をクリアすることで、小さな課題など吹っ飛ぶ瞬間がある。恋も、名声も、誇りも、信頼も、静謐な心も、自分自身も、M-1で結果を収めれば、ひょっとしたら全部いっぺんに手に入るかも知れない。
-raison d'tre-
スタンドマイクが、彼らの存在を証明する。
僕も、頑張ってみたくなった。
中学生の頃、司馬遼太郎の「燃えよ剣」を読んだ僕は、すっかり新選組に、土方歳三にノボせあがってしまった。「漢(おとこ)」たるもの、「武士(もののふ)」たるもの、かくあるべし、とね。
当時、僕が解らなかったエピソードがある。
薩長との鳥羽伏見の戦いを前にわずかの休息日。鬼の副長として恐れられていた土方が、隊士に向かって言う(台詞は甚だウロ覚えですが・・・)。
「諸君、私に3日、休みをくれ。私には女がいる」
歳三は以前より相思相愛だったお雪と旅をし、3日間の「夫婦ごっこ」を楽しむ。
中坊の僕に、こんな男と女のエピソードなど解る訳もなかったが、後年、これはとても美しい場面だと思うようになった。非常にドラマティックだし、刹那に生きる男の美学としては、こんな恋愛にこそ憧れるもんだ。
が、知人はこういう。「司馬遼太郎的な女性観はどうも、好きじゃない」
続きを想像してみる。
刹那の夫婦ごっこを楽しんだ後、歳三は心おきなく死地へと赴く。転戦を重ね、北の果て函館は五稜郭で命を落とす。
一方、お雪はどうしたのだろう。歳三の訃報を聞く。そもそも、そういう男だと解っていて愛慕した訳だから、そこは諸事覚悟の上だ。しかし、その上で、たった3日間の思い出を胸に死ぬまで生きていける。武士の妻とはそうしたものだ。
・・・とでも司馬先生はお考えなのだろう。
ある意味で、男性側から一方的な理想の女性像を押し付けているのかも知れない。それにそもそも、どんなに美しく描いても、ひどく残酷な事実ではある。現実は、男と女は、こんなもんじゃなかろう。
みじめったらしくて、未練がましくて、せいぜい精一杯格好を付けて、お互いの臓物を曝け出し合って、老いや病や煩悶に向き合い、、、そんなもんじゃないの?
思い出があるから生きていける。
ああ、確かにそうかも知れないね。だけど、逃げ込む先が思い出しか無いのだとしたら、そんなに残酷でつまんない仕打ちはない。目をつむって、また開いて、それで何の景色が変わるんだ?酒呑んで、紛らして、酔いが醒めたら人生は何か変わってるのか?
抜け殻のように思い出にしがみ付くなんて、それがたとい女の人生であっても、男の人生であっても、僕はごめんだ。
ハカイダーは4人集めてガッタイダーになっても弱かった。けれど、OLさんを4人集めたら・・・。
土曜の午後、行き着けの喫茶店の指定席に陣取った瞬間、不穏なオーラが。
軽薄で他人の噂話が大好きな僕としても、こういうシチュエーションを客観的に聴くのはたまらなく楽しい。以下、会議要旨を箇条書きで示していく。
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■仕事の話
・呑み会はウザい。会社の人間と呑むのは面白くないので、いつも時計をチラチラと気にしている。
・仕事仲間とよく行くのはチェーン店型の居酒屋。2時間制(1時間半目でラストオーダー)なので、だらだらと呑まない点が良い。
・職場には正社員の女子があまり居ない。派遣社員の女性は可愛い子が多いので、色々と焦りを感じる。
・同僚のOLはカツラらしい。髪をセットする手間が省けるのだという。
■教育の話
・職場に最近、若手(特に男の子)が入って来ない。若いっつっても30代だそうだ。
・先般、隣の部署に22歳・ウォンビン似の男の子が入ったという噂を聞き、部署のOL総動員で見学に(ウォンビン似はタマッたもんじゃないな・・・)。
・化粧する喜びを思い出している日々。いかにして接近し、教育しようか現在、算段中(逃げろ、ウォンビン、逃げろ!)。
■最近ハマッているドラマの話
・月9にハマっている。妻夫木くんがカッコいいそうだ。信じられないという反応も。
・電車男が面白い。けれど、リアルであんなに奇妙なヒトにはハマるはずがない。
・女系家族、高島礼子の演技が怖い。(あんたらも怖い)
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ぜんぜん帰る気配もなく、いまは近所の馴付かない犬の話を始めている。
まあ、OLさんの話を耳ダンボになって書き留める僕も僕だ。
が、こういう話が日常、いろんな場所でいろんな時間に行われているんだろうな、、と思う。そして、女性社員が大勢を占める弊社でもきっと・・・と思うと、瞬間、ゾッと背筋が寒くなった気がした。
ぜんぜん美味しそうには見えないんだけど、これ、米国人なら垂涎しちゃうのかな・・・。
アメリカの通販番組を見てると、どうにも不味そうな製作物ばかりが登場するので、これも一つの才能だなあ、と薄らな感心さえ覚えるわけですが、それにしても、アメリカのお菓子!
あの大雑把な分量管理と工程管理を観ると、それだけでげっそり感満点。
たしかに、バケツみたいなカップ抱えてアイスを食う国民だし、、けど、ですよ。
ケーキはただ甘けりゃ良いってもんじゃない、ジャリジャリした砂糖の食感は勘弁です。デカケりゃ良いってもんじゃない、あんなに無駄にデカイと食欲にも影響アリです。色と盛り付けもなんとかしてください、原色は使わないで欲しいっす。
「1日1ケーキ」を実践し続けている僕ですが、米国でだけは甘味を口にしません。健康になりたかったら、アメリカに行くべきだな、俺。
ともあれ、この大雑把こそがアメリカの良さなんだろうな、とちょびっと感じた。
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